幽斎

ラ・ヨローナ ~彷徨う女~の幽斎のレビュー・感想・評価

4.0
恒例のシリーズ時系列
1933年 未見「La Llorona」メキシカン・ホラーの原点(先輩談)
1960年 未見「La Llorona」何度目かのリメイク
1963年 3.6「The Curse of the Crying Woman」ラ・ヨローナ~泣く女~の元ネタ
2007年 未見「J-ok'e」ツォツィル語「泣く女」を意味する
2011年 未見「La leyenda de la Llorona」アニメ映画
2019年 3.8「The Curse of La Llorona」ラ・ヨローナ~泣く女~ レビュー済
2019年 4.0「La Llorona」ラ・ヨローナ 彷徨う女 本作、グアテマラ映画

ラ・ヨローナは数百年伝承されるラテンアメリカの都市伝説。由来に諸説あり、我が子に似てる子供を誘拐する、侵略者の愛人の復讐、先住民の異界の怪物など様々。ルーツは貧しい田舎に家族と暮らすマリアと言う美しい女性の物語。死後常に泣き続けたのでラ・ヨローナと呼ぶ。メキシコでは周期的に製作される。

レビュー済「ラ・ヨローナ~泣く女~」は1963年版を事実上リメイク。死霊館シリーズと世界観を共有するが、既に2014年「パラノーマル・アクティビティ/呪いの印」がヒスパニックをリスペクトして映画化済。ラ・ヨローナがアメリカでの知名度が低かった為、興業的には失敗。本作も北米では「THE WEEPING WOMAN」とタイトルを変更。東京国際映画祭でプレミア上映された時は「ラ・ヨローナ伝説」。面白いのは都市伝説の解釈が作品に依って異なる。

グアテマラ映画、珍しいと思う日本は完全に平和ボケ。少なくとも2010年以前は内戦が40年近く続き、30万人近い犠牲者を出した。血塗られた歴史を持つグアテマラはJosé Efraín Ríos Montt大統領時代、アメリカCIAの支援を受け親米政権が誕生。一方でキューバ革命で中南米全体が共産主義に染まる中、ロシアや中国の支援を受けた反政府側はゲリラ戦を展開。虐殺の連鎖は国民に深い傷を負わせ、とても映画処では無い。現在進行形のミャンマーで起きたクーデターも構図は同じ。アンダマン海上を中国に抑えられると、対岸のインドと対峙する構図に。つい最近、日本の外相と防衛大臣はインドと2+2協議を行ったばかり、決して他人事では無い。

話を映画に戻すと、そんなグアテマラにも春が来る。2015年「火の山のマリア」フランスの支援で製作された作品が、アメリカで絶賛されオスカー外国語映画賞初のグアテマラ代表に選ばれ、ベルリン映画祭新しい視点賞受賞。Jayro Bustamante監督は、一気にその名を知られる存在に。再びフランスの製作スタジオとカナダの配給会社の支援を受け本作は完成。

本作もベネチア映画祭ベニス・デイズ部門で最高賞に輝く。因みにベニス・デイズとは革新的な作品をセレクションした部門で、過去にはオダギリジョーの長編初監督「ある船頭の話」も出品。プロットはホラーと言うより「グアテマラ内戦」と言う悲しい歴史と、中南米に伝わる「ラ・ヨローナ伝説」を掛け合わせた社会派スリラーの一面も有る。ラ・ヨローナについては、説明する必要のない前提で話が進むので、未見の方はハリウッド版「ラ・ヨローナ~泣く女~」も見て頂くと分り易い。

オカルトとリアリティが混在する物語は「正義とは何か?」社会の秩序は何で担保されるのか?と言うテーマが隠されてる。メキシコ映画がラ・ヨローナを復讐のアイコンとしたのとは対象的。そして「呪いを掛けたのは誰か?」と言うミステリーを観客に委ねる。それはグアテマラと言う国の、終わらない負の連鎖も意味してる。軍事政権で公平な裁判など望むべくも無く、腐敗した政治を描く事で、都市伝説のラ・ヨローナが秩序の羅針盤の様に描かれる黒い皮肉。お気楽な恐怖演出は無いが、秀逸なカメラ・ワークと相まって真綿で首を絞める、ゆっくりと確実に家庭が崩壊する様はオカルト・スリラーの最高峰、レビュー済「ヘレディタリー/継承」を彷彿とさせる、は褒め過ぎか。

思い出して欲しいのはホラーとは社会の恐怖を映す「鏡」で有る事。単細胞なホラーでは無いので「怖くなかった」と評価を下げるレビューも散見されるが、僭越ながら時流に乗り遅れてる。もう「あー、恐かった」と言うホラーは世界では通用しない。これからは社会的価値観と言う新しい角度のアプローチが求められる、スリラーは既に「レベッカ」「夜の大捜査線」「羊たちの沈黙」「ノー・カントリー」4回頂点を極めた。ホラーと言うジャンルの立ち位置も確実にアップしてる。オスカー作品賞を手にする日も意外と近いかもしれない。

女性のアイデンティティを描いた社会派ホラー。令和の世はゴーストも女性の味方です。
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