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すばらしき世界のrayconteのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
5.0
この映画は、できるだけ多くの人に観て欲しいとはばかることなく言える名作だ。

佐木隆三のルポ「身分帳」を元に西川美和が監督した本作。
元々僕は原作を読んで深い感銘を受けていたのだが、西川監督の繊細で鋭い感性によって美しくも辛辣な素晴らしい劇映画へと昇華された。

元服役囚の三上を演じる役所広司は、もはやパーフェクトと呼ぶ以外にないアクトだ。大昔からとっくに名優である氏を今更褒めるのもアレだが、とにかく彼は安定というものを知らない。
背景も人格も作品のカラーもまるで違う場所にキャスティングされては、その都度100点の仕事をし、65歳になった現在でも未だ進化し続けている。もはや怪物と言っていい次元だろう。

この作品で僕が個人的に心を掴まれた場面がある。
職を探す三上が公衆電話にて電話帳に載っためぼしい所に連絡しまくるが、どこもけんもほろろにされてしまう。
三上は途方に暮れながら、街で働く人々に目をやる。自分にとってあれはなんて遠い姿なんだろうかと。
僕にも見覚えがある。
まだ若い頃、職を探すのに苦労した時期がある。
書類審査で落ち、面接で落ち、普通に働くことすらままならい日々には、街で働く人々が眩しく見えた。
誰かと電話しながら歩くサラリーマン、街路を忙しなく走る宅配業者、道で旗を振る作業員。
誰も彼もが理想の仕事に就いているわけではないことはわかっていたけれど、それでも普通の生活があまりに遠いものに思え、その果てしなさに絶望してすべてを投げ出したくもなった。

僕は、人には愛が必要だと思う。
それは生きがいだとか希望だとかそんな感傷的な話ではなく、「愛」は社会のセーフティネットとして高い機能を持つからだ。
僕は自身の社会への不適合性を自覚した時、三上のように踏み外した生き方をすることを考えたこともある。
強い暴力を身に纏えば、自分を不要とした社会を自分のルールで立ち回り、嘲笑った人間を支配することもできるからだ。
しかしそれは少なからず周囲を巻き込む。
そんな時、思いやりを注げる誰かの姿がチラつけば最悪の前で踏み留まることができる。
三上にはそれがなかった。信じるものがないから、守るべき規範がないから、激情に任せて生きてきた。
だが三上の周囲には徐々に愛と呼べるものが積み重なり、彼は踏み留まることを覚えた。
その事象が示すのは、誰もが安心して暮らせる社会を作るために最もシンプルなものこそ「愛」だということだ。

その先にあるのは決して盤石のハッピーエンドではない。
普通に生きるということは、ささやかな幸福と理不尽で辛辣な現実が延々と続くだけだ。
だからこそ、普通に生きることは偉大で、それだけで価値がある。
西川監督はそのコントラストを2時間に見事に収めてくれている。

残酷で割りにあわず、口を開けば不平不満ばかり。
だがそれでも生きていくと思えるのなら、ここはきっとすばらしき世界なのだ。
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