ケーティー

プロミシング・ヤング・ウーマンのケーティーのレビュー・感想・評価

4.8
途中まで松本清張と思わせて、スカッとするラスト
愛の映画


作品中一貫して、セリフと行動の設定がとにかくうまく、実に引き込まれるのだ。
ストーリーは、途中まで松本清張先生の小説みたいな話の趣もあるのだが、それをファッショナブルでアイコン的な服装をするヒロインが魅せていくことで、全然古さを感じさせない。そして、ラストはこれはギリシャ悲劇か思わせて、スカッと終わらせる。

この映画は、一言で言えば、愛の映画だと思う。ヒロインはとにかく強い。普通なら、復讐劇というと、復讐する側は弱者で、悩んじゃったりするものだが、そういう部分は最小限の表現に抑えて、とにかく突き進む。その姿がかっこよく、何か引き込まれるものがあるのだ。道徳的には間違っているし、実際にこんな人がいたら批判しているだろうが、彼女には何とも言えない魅力がある。
しかし、どうしてだろうか?それを考えると2つの理由が浮かぶ。
1つ目は、主人公が30歳で、大学を中退してからも10年ほど経っているのだが、それまでの苦悩をあくまでも隠喩で序盤にすぐわからせることだ。夜遊びしている嘘を、仕事先で棚卸につきあわされていたからと言わせるあたりもうまい。これで、彼女の社会的地位、性格、パーソナリティー全てをわからせる。他にもライアンとの序盤でのコーヒーショップでのやり取りもいい。ここは、普通ならやらないことをホントにやってしまう主人公の描写が実にうまい。こうした彼女の苦悩をわからせ観客を共感させる仕掛けを最小限の表現で、抑えているのだ。だから、全体としては、とにかく強くて超人的なように見えるのだが、実は気づかないうちに観客を共感させているのである。
そして、2つ目は、あくまでも主人公は一貫して愛のために生きているというテーマがブレないことだ。復讐劇の常道として、復讐内容がどんどんエスカレートしていくのが常だが、本作は復讐の内容のレベルが落ちていく、しかし、そこに実は意図がある……。それでも、必ずしも道徳的に誉められた内容ではないが、主人公なりの愛が復讐にも垣間見えるのである。そして、ラストは、それでも人を愛さずにはいられない主人公の殊勝さ、大きな愛、優しさを感じずにはいられないのだ。ラストの展開が始まった瞬間に、理由もなく涙が出てきたのだ。このラストは、あのカッコよくてとにかく突き進むヒロインが、ギリシャ悲劇的に終わるのかと思わせて、最後までスマートでカッコよく終わるのがいい。

作品から作者を決めつけるのは必ずしもいいこととは言えないが、この作品を見て、監督・脚本のエメラルド・フェンネルさんがきっと魅力的な人だからこの作品を創れたのだろうと思った。実際、妊娠7ヶ月で撮影に挑んでいたというのも、この愛の話を観た後に知り、妙に腑に落ちたのである。


補足1:
男性陣(元同級生たち)のキャスティングも見事で、こういういい人っぽい(爽やかっぽい)人が実は何やってるかわからないんですよというのが妙にリアルなのだ。思えば、映画「愚行録」もそのあたり、小出恵介さんというキャスティングがぴたっとハマってた。

補足2:
本作を私刑の映画だと捉える向きもあるようだが、私はそうは思わなかった。たしかに、私刑といえば私刑だが、従来の復讐劇がいかに相手を痛めつけてやるかに焦点が当てられていたのに対して、本作の主人公はあくまでも内省して自ら変わってほしいと相手に常に願っているのだ。その方法が、道徳的には認められないものであることは確かだが、いうならば、あくまでも主人公は性善説を信じているのである。だから、行動を起こすのだ。