ヨーク

渦巻/転回のヨークのレビュー・感想・評価

渦巻/転回(1986年製作の映画)
3.7
ジョージア映画祭4本目。
直前に観た『昼は夜より長い』が20世紀前半から一人の女性の人生を描いた大河ドラマだったのとは打って変わって現代が舞台の群像劇でした。これまたシリアスだった『昼は夜より長い』とは違ってコメディ要素が多かったのも対になるような感じであった。コメディというか人間の滑稽さという感じだろうか。どこまで行っても上滑りして他人と上手く行くなんて幻想みたいなもんだよねという感じは全編にあったと思う。
お話はトビリシの市街地が舞台でかつての旧友だった老女の再開や不倫関係にある男女とその子供(男的には隠し子)などが、その人生が交わるようで交わらない、でもちょっとだけ交わるみたいな塩梅で描かれるお話です。割とストーリー自体はあちこちへ飛んでいくし中心となる大きな物語というものもない。なので正直プロットというか大枠のあらすじ的に面白い部分はないのだが、一応通底するようなテーマというものはあって、それを念頭に入れながら観たら色々と思うところのある作品という感じでしたね。
それが何なのかというと、本作は冒頭で社会心理学だかなんだか忘れたけど何かそういう感じの実験風景が描かれるんですよ。その実験の内容というものは感情むき出しで何かを言っている女性の顔をアップに映した映像を被験者に見せるのだがその映像には音声がない。つまり彼女がそんなに必死に何を訴えているのかは分からない映像を見せるわけです。そしてその映像から彼女の心理を被験者に想像させるのだが、その結果は愛を訴えているのか憎しみをぶつけているのかで二分されてしまうというのですね。まぁさらに細かい感情の機微を感じる人もいるだろうが、大別するとその二つの真逆の感情を音声のない映像から想起するのだという。
それが実際に学問としての心理学的にどうなのかとかはひとまず置いておくとして、映画としてその実験結果から本作が描き出すのは他人の本当の気持ち(声)というのは上っ面(表情)だけを見て分かるものではない、ということなんですね。特にその感情が強ければ強いほど愛なのか憎しみなのかの判別が付かなくなるし、行くところまで行けばその二つは同じものなのではないだろうかという気さえする、とそういうことが主題になっている映画でしたね。
そういうテーマの上で上記したように不倫関係の男女とか旧友同士の再会が描かれるのだが、その中でまぁその当事者たちがそれぞれ関わる相手のことを分かっていないようで分かっていて、でもやっぱ分かってないよなってなる部分を絶妙におかしかったり切なかったりする感じで浮かび上がらせるわけです。その辺は短編的なスケッチ集としては面白いんだけど、これまた上記したように彼ら全員の行動が一つの物語に収斂されるようなことはないのでエンタメ的な面白さというのはイマイチで、断片を繋ぎ合わせただけっていう感はあると思う。その辺はぶっちゃけ群像劇としては弱いなと思いましたね。オチも冒頭の実験に絡めた感じのものになるのだが、それも綺麗にオチたというよりは何とかまとめてみたという感じで全体の印象としてはちと弱いオチだなぁという感じだった。
ただ主題である、他人の事なんて分からんよ、という部分はユーモアがありつつ嫌味はない塩梅で随所に描かれており細かいシーン自体は面白かった。あとこれは後日『インタビュアー』や『ペチョラ川のワルツ』や『金の糸』を観た上で知ったことだが、当時としては先進的なフェミニズムの観点も持ち合わせた作品だったとも思った。そこを念頭に置いて思い出すと、本作でも女性と男性の描かれ方の違いは結構分かりやすかったなと思う。
だけど別にそこまで深刻な作品というわけではなく、他人と分かり合うことはできなくてもわりと何とかなるよという感じになっているのは個人的には好きでしたね。あと、終盤の雪のシーンが秀逸で、そこで歩いている二人が見ているであろう世界の違いが残酷でありつつ美しくて良かったです。『インタビュアー』もそうだったけど、ラナ・ゴゴベリゼ作品としては他の作品をいくつか観てから本作を観るのがいいかもしれないですね。
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