Oto

まともじゃないのは君も一緒のOtoのレビュー・感想・評価

4.0
『パシフィック・ヒム』ならぬ『パシフィック・ナリタ』と言うべきか、「裏で操作されている世間知らずの変人」の失敗を楽しむコメディ。笑いどころが上手につくられているから、序盤から『カメ止め』後半並みの盛り上がりで、これだけ盛り上がっている劇場は久々に体感した。

【話が通じないコメディ】
たまたま観た回に、監督と脚本家のトークショーがついていてラッキーだった。タッグ4本目らしいけど、お二人ともすごく楽しそうでいいな〜と思った。理想的なバディ。

「話が通じない変人」のコメディとしても理想的で大好き。ウディアレンの派生にも思えるけど少し違うような気もして、こういうジャンルのコメディをもっと観て体得したいな〜(おすすめあったら教えてください)。三宅監督も、日本人は作家も含めてあまりコメディを観ていないのがもったいないと言っていたのを思い出した。
※先輩から教わったけど、スクリューボール・コメディを変人喜劇と訳すのか!このジャンルが言語化されたの嬉しい。

トークショーで「笑えなくなるのもコメディ」とお二人が言っていたのが印象に残った。今泉さんが、映画は「葛藤」じゃなく「気まずさ」だと言っていたけど、今作はそれを体現している。デリカシーのないこと言ってしまったり、相手置いていかれてシーンとなる感じの笑い。

【引きで見ると喜劇】
なんといっても、大野が自他から見て自分すぎた。自分の失敗談を元に「話がすれ違い続けるコメディ」を作ったこともあるので、なんか不思議な感情で観ていた。感情移入してもどかしさを感じたり、客観的にみて恥ずかしさを感じたりした。
「人生は寄りで見ると悲劇、引きで見ると喜劇」というチャップリンの言葉があるけれど、自分に近いだけにゲラゲラと笑いきれない部分があって、笑い飛ばしている劇場の雰囲気に少し不快感を覚えたりすらした。世の東大生バラエティってすごーいだけじゃなくて世間知らずな部分がウケているのは大いにあると思うし。

もちろんデフォルメされている部分もあって、ある程度の嘘を許容して演出している映画だとは感じた(二人でバーカウンターで視察ってどういう状況...?、定量的にはやりすぎでは...?、天ぷらは知ってるでしょ...?)けど、序盤で感じた違和感(まだ言語化できていないのでシナリオを読みたい)が徐々に馴染んでいって自然に観られるようになったし、佇まいがめっちゃ自分っぽいと言われたし、大学の周りを思い出しても誇張じゃなくたくさんいた。
自分は工学やデザインの分野に進んだからまだ社会との接点を持てた気がするけど、数学徒に限らず「勉強しすぎて世間がわかってない」みたいなことを言われる苛立ちにはすごく共感した。その分、みんなが知らない快感とか新しいこととか知ってるのにってたしかに思ってた。

二人組と合流して自転車の話するシーンと、お皿買いに行って失敗するシーンは特に秀逸だったけど、後者の「重くもなく軽くもなく」以降は全部アドリブと聞いて驚いた。「意味のない」とか「何入れようかな」「お兄ちゃんが使うんでしょ?」とか。主演二人の芝居が上手だから長回しで撮るだけで成立してしまうのかもしれない。ラストの登っていくときの台詞もオールアドリブらしい。
段取りも軽くしかやっていないし、ほとんどのシーンがワンテイクで終わったらしい。個人的にはツボがおかしい(携帯持っていない人います?、天ぷらは知ってますよ)と変な笑い方が好き。こんな三枚目の芝居もできるって無敵かよ...。

【バディもの】
ブレイク・スナイダーが映画は10種のストーリータイプに分類されると提唱しているけど、その中だと「バディとの友情」に当たると思う。結末として恋愛の可能性は香らせているし、「恋愛を応援していたら好きになってしまう」って割とベタな展開ではあるけれど、ロマンスは本筋ではない。

本当のミッションは、「憧れの人を奥さんと別れさせたい」であって、そのために"普通になりたい"と願う自分の予備校教師を恋愛の練習と言って妻の元にあてがう、という意外に複雑なものだけど、それを二人の面白い掛け合いによって自然と物語の中に入っていけるように設計にしていて見事。だから心情に共感したのは大野だけど、やっぱりかすみを主人公として観ていた気がして、その意味では「難題に直面した平凡な奴」のジャンルとも言えるのかもしれない。

そこは『まともじゃないのは君も一緒』というタイトルとも関連していて、160のタイトル案を考えて選んだということを聞いたけれど、とんでもない変人に困惑させられる女子高生という構図に見せかけておいて、いや本当はみんなまともじゃないよね?という展開になるのは、ストーリーを見ずともわかる。

【いい映画は「4人」】
最近とある監督がSNSで「いい映画って4人なんだよな〜」と言っていたんだけど、たしかにこの映画も4人だ。二人ずつの固定した関係性が、両組の交流によって変わっていく面白さと言えるのかもしれない。

個人的には泉里香がとても良かった。今までのイメージとしてあるセレブ感を生かしつつ、だからこそ彼女が抱えている寂しさとか不満みたいなものにフォーカスしていたのがよかった。カウンターにもたれて、こちらを見つめるショットとかどきっとした。
大野に会えなかった世界線でのかすみの将来像が彼女なのかもしれない。普通という言葉で自分のやりたいことを片付けてしまう癖がつくと、自分ではない誰かのために時間を使って生きることが普通の人になってしまう。時間を使ってもらえる人になりたい。
騙されてふりをしてしまうとかすごく共感したんだけど、自分でできることがないと親とか夫とかの人生を生きることになってしまうの辛い。

小泉孝太郎のクズ加減も良い。講演で同じこと繰り返しているのとか、某プペルの人と展示が一緒になった時にすごく感じたし、キャスティングの意図としては「世の中を何も知らない大野の対比となる人として、敵わないライバルを置きたかったので、大人の余裕やどっしりした構えがある人で、逆境にも明るく返せるテクニックがある人がよかった」と監督が言っていた。スタンバイ中も客席のエキストラから爆笑とってたらしくさすが。

かすみ視点で言うと、ずっと陰口ばっかり言って、直接向き合うことはしないという学校の群れの嫌らしさもすごく共感した(「油そば食べに行かない?」が絶妙)ので、ある種の解決策として描かれているカップルに直接話しかけに行くシーンとかハッとさせられて面白かったけど、「わからないことをあーだこーだ言ってないで、自分で確かめに行けよ」ってことだなー。やっぱり映画のヒロインって集団で絵に映ったときに良い意味で「浮いている人」でないといけないなぁと思った。
一緒に食事をした二人組の話のつまらなさもすごくよかったし、大野にしても「あなたのことが必要だ」と訴えた(自分を変えようと行動した)ところが彼にとってのミッドポイントだったと思える。

【森の妖精】
カラオケシーンがすごく好き。かなり長尺で使われていて驚いたけど、たしかにもつな〜。生命としての輝きとつかみどころのなさが両立していてすごく魅力的なシーン。
主題歌のTHE CHARM PARKも知らなかったんだけど、すごくよくてヘビロテしてる。作曲からRECまで一人で行う人らしい。大橋トリオのような軽やかさがあって映画とすごくマッチしている。

技術的に変わったところはそんなになかったように思えるけど、照明の暗さが所々印象に残った。冒頭の森とか予備校のシーンとかたまにびっくりするくらい明かりを落としていたけど、二人が授業をしているのは日の当たる窓際で、自然を愛する大野の性格が影響しているのかなと思った。

ファーストとラストシーンの森に関しては、「書き進めるうちに数学者の岡潔の本を読んでいたら、自然の描写が多かったので生かした」ということらしい。そしたら徐々に「お伽話っぽくしようか」という話になり、「森の妖精が普通を知ろうとして街にやってくるけど諦めて、人間の女の子をさらって帰っていくようなパラレルワールド物語にしよう」となったらしい。ラストの「おわり」も同じような意図。
たしかに数学者って「数学は美しいから好き」とか「宇宙が滅びても残る普遍的なものだ」と語ることは多いけど、監督はそこに羨ましさと映画との共通点を感じたらしく、「数学に行き詰まったストレスを、数学という遊びで発散する」というのは素敵だなぁと思った。映画もそうだけど、自分もそうありたいかも。

最近みた『パーフェクトマン』もそうだけど、心象風景とか時系列の不明なシーンから始まる映画って意外と多い気がして、こういうものって名前ついてたりするのかな。冒頭で「?」を与えておいて回収するという意図なのはわかりやすいけど。

【キャスティングと衣装】
キャスティングはまず成田くんから決まって、コードブルーを観てよいね〜となったのと、次に清原さんを監督が『愛唄』の試写でみて直感的に決めたと言っていた。

衣装に関しては、かすみはいろんなものを着てもらってしっくり物を選んでいて、「あまり服に頓着しない子じゃないか?」という意見もあったけど、「主張がしっかりあってある程度は楽しんでいる人だろう」という結果でまとまったらしい。

大野はト書きに「スーパーの2階で70%OFFで買った」と元々あってめっちゃ悩んだらしい、脚本家曰く「チャックが多いようなやつ」というイメージだったらしいけど、あえてダサいものを選んでいるようには見せたくなかったらしくあのジャケットを衣装部が持ってきたということらしい。「成田くんはなんでも似合ってしまうから難しかった」と言っていた笑。
白衣は全く想定してなかったけど、予備校見学に行ったら白衣を着ていて、スーツのような距離感がなく相談しやすさが出るし、生徒もかすみのようなフランクな雰囲気で話していたのが良かったから採用したとか。

【企画段階】
「オリジナルで楽しいものをつくろう」というざっくりした企画から始まって、設定をみんなで考えて脚本家に丸投げしたので苦労したと言っていた。全然かけなくてコツコツ描いていたけど、忘れた1年後くらいに別件で会ったときに30ページくらいのプロットができていて、ほぼそのまま撮影に入ったらしい。

ひとつ面白かったのは、役名は引っ掛かりと馴染みやすさが共存するように決めたという話。「MAYA段階」(受け入れられるギリギリが気持ちいいという理論)を思い出したけれど、『花束』の絹とか麦もそうだし、これはオリジナル作品ならではの楽しみだな。擬似デートで名前を呼ぶシーンが印象的だった。
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