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あのこは貴族のOtoのレビュー・感想・評価

あのこは貴族(2021年製作の映画)
4.0
逸子が「東京の棲み分け」について口にしたときに、「映画の序盤では必ず、誰かが作品のテーマをぽろっと口にする(主人公はその時点では意味をはっきり理解できない)」というブレイク・スナイダーの言葉を思い出して、これだ!!と思った。

終盤では「親の人生のトレース」という言葉に言い換えられていたけど、この格差は本当に由々しき問題で、違う階級の人と交わることが非常に難しい社会になっていると自分もよく感じる。

【逃げ場のない世界】
これは貧困に限った話じゃなくて、『すばらしき世界』で娑婆に出た三上も、『はちどり』で女子大生にあこがれたウニも、『ミッドナイトスワン』で性適合手術をする凪沙も、みんな今いる辛い世界からなんとかして抜け出そうともがくのに、すごい引力で元の世界に戻されてしまう。

今作の美紀も、猛勉強してやっとの思いで慶應に入ったのに、親からの援助がもらえなくなって水商売をやらざるをえなくなる。その意味で、外部と内部がいる「慶應」という舞台を設定したのは非常に上手いと思った。

ただこの映画が一歩先を行っていると思ったのは、「上と下が似ている」という発見。田舎の狭い村社会も、東京のハイソサエティも、閉塞的な様式が共通しているという視点はとても面白い。トルストイの「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」という言葉を思い出した。

「金持ち喧嘩せず」という言説に反発するように、冒頭の会食シーンから、金持ち一家の風通しの悪さがものすごい鋭さで描かれている。ふられた直後に自分の意思と関係なく、好き勝手に(しかも悪気なく)お見合いを入れさせられたり将来を決められたりするという、非常に秀逸な描写だった。

「ジャズって絶対元カレの影響じゃん」という金持ちが、後ろを通る女性をじっくり眺めて品定めしてる描写とか最高すぎて唸ったし、かといって”かわいい”を連呼する居酒屋のノリにも馴染めない、という袋小路の辛さがよく伝わった(ずっとスマホいじってる子供とかもだけど、人物造形がすごく丁寧でよかった)。

【結婚には幸せがある?】
かと言って、全体を通しては華子のような貴族を批判するわけではなく、彼女のような人間にも辛さがあるというのを、美紀とあくまで対等に描いていたのがよかった。

物語を要約すれば、「”結婚には幸せがある”という妄想を捨てるまでの物語」だと思うけれど、夫婦生活も仕事も、結局誰かの力ではなくて自分の力で楽しくするしかないということだと思った。

そりゃ友達との起業や、バイオリニストのマネージャーが、彼女たちにとって成功かなんて言い切ることはできないし、きっと何を選んでも辛いことはあるのだろうけど、進む道を自らで選んで、信頼できるパートナーと一緒に、楽しく歩ける範囲を増やしていくというのはすごく素晴らしいことだなぁと感じた。

華子が橋の反対側に手を振るシーン(彼女は下り坂で少女たちは上り坂)や、アパートのベランダから東京タワーを見上げるシーンに、彼女の成長を感じたのは、自らが暮らす村の狭さに自覚的になって、世界と交流しようとしているからだろう。親や夫のステータスではなくて自分で世界を切り開こうという意思のあらわれ。

一方の美紀も、東京に行けば何かが変わると信じていたはずだけど、終盤ではアフタヌーンティーを自虐的に振り返っているように、肝心なのはどこでやるかではなく誰となにをやるかだと気づいていく過程が素敵だった。

【出来事の提示の順序】
この映画が面白い一つの要因に、出来事の提示の順序があると思う。例えば、もし青木幸一郎が主人公で、二股をしながら弁護士として成長していく物語だとしたら、ここまでは面白くなっていないと思う。

むしろ、華子と美紀という二人の視点で見たときに、青木という男の捉え方が大きく違っているところに面白さがあると感じた。

華子にとっては、不毛な合コンの果てにやっと出会えた、自分とお似合いで親族も喜んでくれる王子さま。だけど、自分の生活を捧げてサポートしているうちにアイデンティティが揺らいでいってしまう...。この葛藤はすごく共感した。

主婦って本当に偉大だと思うのは、大切な家族のことを何よりも優先して献身的に暮らしているのに、誰が褒めてくれるわけでもないし、自分のことはいつも後回しだから周りはどんどん輝いて見えるし、大切な家族ですら力になりたいと思うほど頼ってくれなくなる。政治家のいるような一家なら尚更で、もうその人のために尽くすことが彼女の人生になってしまう。これはどんなに大きな愛があってもなかなか難しい...。

だから「これは目的だから、夢とかじゃないし。君と一緒だよ」というセリフが悲しかった。やっぱり仲良くなれるのって、時間がないなかでも自分の好きな映画を観て、感想を教えてくれる人なんだろうと思う。だけどそんな彼も逃げ場はなくて苦しんでいるのだろう。

一方の美紀にとっての青木は、努力の後になんとかして接点を掴み取ったけど、いつまでも手の届かない高嶺の花。だから餞別として「10年も一緒にいるのに知ってくれていないであろう故郷のお土産を渡す」という皮肉は素晴らしいなと思ったけど、最終的に美紀が身を引けたのはそもそも、相手に大切にされていない、釣り合っていない「都合のいい女」だという意識があったからだろうなと思う。

田舎の狭い部屋が場違いに感じられるくらいにスタイルが良かったりするからあまり説得力がないような...(キャスティング違くないか?)とも思ったけど、彼女の悩みにも共感はできてしまうし、応援してしまう。だからこそ、友達が自分を必要として誘ってくれたときに、あんなにキラキラした目をしていたんだと思ったし、地元の活性化という目標もすごくいいよね。

交わることなく生きていた二人が、青木という男を通して交流を持って歩み寄っていくこの過程こそが、テーマを象徴していてすごく良かった。シーン単体で見ても、顔を叩かれるところから始めていたりとか、一度ハテナを浮かべさせてハッとさせてからなるほどと思わせる作りになっていてよかった。

【相良逸子という少女】
だけど、自分が一番魅力的に感じたのは、相良逸子(石橋静河)だった。全体を通して「触媒」のような存在だっと思うけど、めちゃめちゃ優秀なコピーライターだと感じた。

「東京は住み分けされている」「女同士で貶め合う文化ってなんか悔しい」「いつでも別れられる自分でいたい」とか、どの言葉にも発見と説得力があるし、それを実践しているかっこよさがある。

マカロン食べて花でごまかす可愛げとか、子供の三輪車で暴走する人間らしさとか、アーティストってまさにこうやって衝動のままに生きている「少女」のような人だよなぁと感じた。他人から与えられた場所とか課題とかを自分の義務だと鵜呑みにしてはいけないよね...。

友達のセフレを呼び出して話し合わせてしまうのも厚かましく感じられると思いきや、二人の対立を避けていると捉えられて、彼女が入って三人でテーブルを囲むことで、二人が対面で向き合って衝突することが文字通り防がれていた。

ラストでも、一番上から見下ろす青木、階段の途中にいる華子とは対照的に、逸子は一番下で演奏しているのに、空間を支配して二人に影響を与え続けるのが彼女という構図がすごく面白かったし、それぞれの目線が合う中で浮遊感があるまま終わっていくのが観客の日常と地続きにある映画という印象を受けてよかった。

スマホの通知での展開が少し多いかなとも思ったけど、全体的に画面の構成が巧みな演出家で好きでした。黒澤明の『天国と地獄』の頃から近年だと『パラサイト』まで、貧富を視覚的に表現するとなると、空間の高低が使われるのが伝統なんだなぁ。原作も読む。


旧友今泉監督の視点
・マグカップシーンのようなクスッとできるギャップの笑いの面白さ。お腹減ってますやこんなことある?という乙女描写の笑い。門脇麦の声の魅力。
・橋で手を振るシーンは現場で思いついたアドリブで女子二人組はスタッフ。脚本に縛られない監督の鑑。
・みきの部屋に使われていないチケットがあるという予感、でもみきが作り上げた部屋ということにこそ意味がある。
・東京タワーを絶妙に見せるロケ地、制作部は『愛がなんだ』と同じスタッフ。居酒屋も同じ場所。
・3人が邂逅するカフェシーンで明確に咎めないことを宣言する。責められるのではという緊迫感のまま終わる拍子抜け感も面白かったかも。
・広い絵の差し込み方、タクシーに乗り込むなどカット頭でFIXではなく微妙な動きを入れるカメラワークの巧みさ。
・同年代でなく年配の方を生っぽく演出する手腕。昔っぽい音楽にも助けられている。
・映画を観ていないというシーンで通じ合う。お互いを理解しあったからこそ別れるという決意ができた。
・結婚によって幸せを手にするという女性が一人くらいいてもよかったのではないか、みきの弟くらい?「独身だけど子供嫌いと思われたくない」。
・過去のあのジャンルに似ているみたいなことが言いづらい映画。
・遺産のときにボケていると証明できたら...など青木も現状に対して全くできていない描写。
・省略について、「もっと笑って」が反復される二度目のシーン、もっとみたいと感じさせる。2時間以内という制限があって地獄の編集だったみたい。ビンタだけで離婚がわかるうまさ。
・山中さんの緩い服が「ボーダー」という面白さ。
・ニケツで漕ぐ人が交代する。
・冒頭の遅刻は原作にない描写。あれが許される主人公。後半は丸々オリジナル。
・最後の章はタイトルではなく一年後。原作ではラストの後がある。
・『グッドストライプ』でも監督はセックスなど恋愛の揉め事を描かない。不妊治療の重みが強くなる?子供の圧は田舎でも強い。
・プロデューサー西ヶ谷寿の凄さ。デビュー作や初期作のプロ。
・青木に他にもみきのような存在がいる可能性。もし好き勝手にやれたらみきとくっついていた?
・ふんわりカメラが寄っていくラスト。感情のコントロールをするかという問題。
・部屋でみきの方が高い方に座っていたり、帽子を拾う石橋さんより上に座っている華子(地に足がついていない)。
・わざとキャスティングを逆にしている?『blue』の小西真奈美と市川みかこのような。でも人間らしさが水原希子にはあるし、「地方から来た」に意味がある。
・トマトなんて育てたほうが楽じゃない?に言い換えせないシーン。映画のシーンだったら言い返せた。
・投票のために分かりやすい名前をつける。政治家もなぜ国民に寄り添わないのかと怒ってしまうけどあちらも大変?
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