幽斎

アンチグラビティの幽斎のレビュー・感想・評価

アンチグラビティ(2019年製作の映画)
4.0
泣く子も黙るSF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」比肩するロシアの国宝級「惑星ソラリス」。原作小説をリメイクした「ソラリス」Steven Soderbergh監督、James Cameron製作、George Clooney主演とハリウッドの才能総出で創られた程リスペクトされた。ロシア文学好きの私も、最近のロシア映画の潮流は素直に嬉しい。

Andrei Tarkovsky監督以降はソビエト崩壊と解体に依りロシア経済は低迷、映画も衰退の一途を辿るが、Vladimir Putin大統領以降は経済が好転、2004年「ナイト・ウォッチ」以降、映画も息を吹き返す。決定打はレビュー済「アトラクション 制圧」ソニー・ピクチャーズ指導の下に製作され世界中で大ヒット。そして「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」でロシア映画に改めて触れた方も多いだろう。本物の戦車を俳優が操縦するリアリティで多くの支持を集めた。2作品の健闘で、日本でもロシア映画の流通が活発化。本作に続いて同時期に作られた「ワールドエンド」そして最新作「スプートニク」へと続く。

感想を述べる前に苦言を、配給したアルバトロス、お前の事だ。本作の原題は「KOMA」、インターナショナル版は「Coma」昏睡状態を意味する。ご覧頂ければ実に的を得たタイトルだが、アルバトロスが付けた邦題「アンチグラビティ」反重力、予告編も「重力が彷徨う世界」と煽るので、誰もがSFアクションを期待するし、御丁寧にポスターにANTIGRAVITYと表記する見事な詐欺案件。本編は日本のコミックでバズってる「異世界系」で「COMA」と言えばMichael Crichtonの傑作メディカル・スリラーが有るので、ブッキングを恐れたかもしれないが「インセプション」の紛いモノと不当な扱いの片棒を担いだと言われても1㎜も弁明できない。ソニーや「T-34」を配給したツインの爪の垢でも煎じて飲めと言いたい。

1979年製作Tarkovsky監督「ストーカー」。未来的描写の無いSF映画の傑作だが、本作と同じユートピア思想が垣間見え、跳ねる様で跳ねないストーリーを補完するに十分なイマジネーションを魅せてくれる。ハリウッドは「理想は現実に打ち勝つ」夢を見せる。対するロシアは「理念は現実を超える」哲学を見せる。似てる様で似て無い、大きく違うセンテンス。「惑星ソラリス」との違いはアート調な作風では無く、現代的な脳内世界をゲーム感覚で見せる点。ゲームも異世界を手軽に楽しめるコンテンツで、今はVRまで有る。その世界観にスリラー的な謎解きを絡める事で「異能力」に目覚めた主人公の戦いを分り易く描く点が秀逸。独創的なヴィジュアルの理由は「アトラクション 制圧」のレビューと重複するので割愛させて頂く。

宇宙でも映画でもテクノロジーの最先端を行くアメリカが、なぜ「惑星ソラリス」を崇めるのか?、それは思想の違いに有る。アメリカは常に実利を求め科学を発展させる。中国の中華思想は「自分のモノは自分の物、他人の物も俺のモノ」。ロシアは19世紀から「ロシア宇宙主義」成るイデオロギーが綿々と受け継がれる。文学的哲学の潮流だが、物凄く簡単に言えば、自然界の輪廻とロシア正教が根底に有る。思想が広大だから宇宙的と言う訳で、SF的な意味合いでは無い。人の物理的不死や復活する先端的思想、それは「惑星ソラリス」にも通じるテーマ。「超人間主義」トランスヒューマニズムが現実味を帯びた事で世界中から再注目される。詳しくはMr.都市伝説、関くんに聞いてくれ"笑"。

本作は「映像は綺麗だけど言う程面白くない」とよく評される。表層的には「インセプション」と類似するが、其処に観念的哲学が交わる事でロシア宇宙主義も垣間見え、土着性こそロシア人が喜ぶエンタメなので「アトラクション」シリーズが「インデペンデンス・デイ」の模倣に見える点と同じ理屈。つまり純粋な論理的思考だけで、物事を認識するロシア人特有のセンシティビティでも有る。アメリカの明快なエンタメに頼るシナリオでは無く、インテリジェンスな脳内補完が求められる故に、アイデアは良くても盛り上がりに欠ける様に見える。本作のテーマが「理想と現実」と分れば違う角度のアプローチ、知的好奇心も湧いてくる。映画的成熟度は道半ばだが、独創的なテーマとヴィジュアルを秘めたポテンシャルに無限の可能性すら感じた。

日々の暮らしで現実逃避は「時に」必要ですが、逃げても何も変わらない事も悟るべきだと教えてくれる。
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