るるびっち

ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償のるるびっちのレビュー・感想・評価

3.5
タイトルで解るように、キリストと裏切り者ユダの関係で捉えている。
ブラックパンサー党の指導者ハンプトンと、同じ黒人でありながら白人の手先として働くオニール。
あまりエンタメに寄せない作りで、党内部に潜入したオニールへのサスペンス描写は少ない。
FBIの手先である事がバレそうになったり、もっとハラハラしても良さそうなのだが、エンタメ性より二人の対照的な生き様を描いている。

多弁なハンプトンに対し、オニールが何を感じているかを語る台詞は無い。いつも落ち着きなくオドオドした目で、彼の恐怖と困惑が表現されている。
スパイ発覚の恐れ、カリスマ指導者ハンプトンへの傾倒。
それらの恐怖と困惑は目線で表現され、ハッキリとした葛藤として描かれない。オニール中心のドラマではなく、二人の生き様を淡々と映し出す。

自分の事しか見ていないオニールと、黒人のみでなく貧乏白人やヒスパニック系の被支配者層全体を見ているハンプトン。
密告者であるオニールは常に怯えている。
オニールを陰で操るFBIのフーバー長官も、黒人以外に影響力を持ち始めるハンプトンに恐れを抱いている。
しかしハンプトン本人は何も恐れていない。
妻が妊娠することで個人的な不安を持っているはずだが、人々の前での彼の演説は力強い。
権力側が恐れ、虐げられる側が恐れない。
恐れのないハンプトンは正々堂々、社会への批判と理想を展開する。
一方、居場所や未来が追いやられるのを恐れる権力者側は、過大に虐げた者たちに怯える。
その怯えは、更に過大な暴力に発展する。
強者が弱者を襲うのではない。
精神的弱者が精神的強者を襲うのだ。
怯えているのはフーバー達なのである。

ハンプトンをブラックメシアだと信じているのは、実は同胞である黒人たちではない。むしろ白人たちだ。
同胞連中はまだ、ハンプトンがそれ程の影響力を持っていると気付いていなかったのではないか。
怯えているフーバーの方が、先に見抜いていた。
救世主の実在を恐れるからこそ粛清するのである。
ユダヤのヘロデ王が自分に取って代わるユダヤの王(キリスト)の誕生を恐れ、2歳以下の男児を皆殺しにしたように。

警官達に襲われて焼失した党の事務所が復元されたように、ハンプトンの理念や魂は家族や仲間に引き継がれる。
彼らの中でハンプトンは復活したのだ。
何の事はない、ハンプトンをメシアに仕立てたのはフーバー達だった。
仲間の中で生き続けるハンプトンに比べ、オニールは孤独だ。
息子にも自分の行いを説明できない。
権力者は庶民に密告を勧めるのが好きだ。
最近でも、グルメサイトに違反飲食店を密告しろとそそのかしたトカゲ顔の大臣がいる。
密告したら、クーポンでも貰えるのかしら?
緊縮財政中のケチな国では、貰えてもクーポンレベルだろう。
しかし、そんな者の末路は孤独で哀れだ。
ユダとオニールを見れば解る。
るるびっち

るるびっち