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シングルマンのshihoのレビュー・感想・評価

シングルマン(2009年製作の映画)
4.3
「(彼といた)この素晴らしき世界。」

主人公はゲイの大学教授なんだけど、8ヶ月前に十数年連れ添ったパートナーを事故で亡くしている。
それからは毎朝起きる度に
「この世に自分は在り、彼はもういない」と再認識し、
「今日を生き抜け」と自分を奮い立たせて準備をして仕事場へ向かう。

最愛の人が死んだ直後ではないから、打ちひしがれて何も手につかないわけでも泣いているわけでも廃人になっているわけでもない。社会的に高い身分で良い生活を送っている。
それでも彼の心は孤独で、自分と外の世界の間には霧がかかったようで、表面上まともに生きていたとしても、深いところで絶望している。心は夢の中と同じように、深い海の底に沈んでいく。


ある日とうとう自殺する決意をして、拳銃を鞄に入れて家から出る。
そんな彼の1日を追う。
最後の日と決めたからなのか、色味を失った世界が今日は時折眩しく美しく見える。お別れを言うように、なのか、それらを一つずつ噛み締めつつ、時間が経っていく。

この美しく見える瞬間だけ、微妙に画面の色味が鮮やかに濃くなります。
主人公はゲイなので、上半身裸でテニスしてる男子学生に魅入ったり
(教授ッ!見過ぎ見過ぎっ!)
懐いて追いかけ回してくる不思議な魅力を持つ子犬系?男子学生がいたり、
銀行の駐車場で「彼」と飼っていたのと同じ種類の犬と触れ合ったり売店でぶつかったフェロモンムンムン男子をナンパして一緒に煙草吸ったり…
(あれ?教授?ほんとに今日死ぬの?)
と言いたくなるんですけど、
でもそんな世界との触れ合い一つ一つに、「彼」との思い出が同期して蘇り、主人公にとってはこの世はもう
「彼といた世界」の残像なんだなって、こちら側はまた感じてしまうのです。
「"死とは永遠の不在である"ということを、身近な人を亡くして初めて知る」と私の大学の先生が言っていたけど、「彼」は主人公にとって心の片われだったのだろうなと考えるとより辛かったです。
二人が住む家のソファでそれぞれ読書してて、わんこが近くに寝そべってて、二人で話すシーンがすごく良かった。

ファッションデザイナーのトム・フォード(アイシャドウが8000円超えでシャネルより高い事だけ知ってる)監督作品という事で、美的感覚に優れた映像芸術でした。主人公が見つめる世界がスローモーションで流れるシーンが、やたら記憶に残ります。
なんていうか私のような庶民が空を見てきれーいって感じるというよりは、やはり目の肥えた方が一流品を見て「これは至高や…」ってウットリする感覚を共有するみたいな体験。
まぁなんだ、美系しかいないのかこの世界は。トムフォードは美系しか許さないんか!とは思ったけど笑
(コリンが一番地味顔だったな)
ゲイの人には魅力的な相手はこんな風に写るんかなぁってちょっとイケないものを見てる感覚にもなりつつ。

すごく好きだったのは一番最初と一番最後のキスシーン。神聖なものに見えた。
(実際片方は死者なので神聖なんだけど)

主人公は大学の講義の中で、人が恐怖を感じるものはいっぱいあって、マイノリティーへの恐怖もあるよと。自分と違うから怖いって。同じ人間なのにねって話をするんです。
時代設定も同性愛が社会的に今よりもっと許されていなかった頃なので、「彼」が亡くなった時主人公は葬儀にも呼んでもらえなかったんです。
今まで同性愛とか、存在を認識して認めてるつもりでもやっぱりキワモノとして見てたなぁってこの映画を観て気付いて反省して、認識を改めました。
そう、同じ人間なんだよねって。恋人なんだよねって。
まだまだ日本でもトランスジェンダーとか特集組まれてるけど、認知されだした段階で定着してないと感じます。
この作品がそう観るためのものではないのかもしれないけど、私はそういう意味でも観て良かったなと思いました。
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