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アメリカン・ユートピアのchidorianのレビュー・感想・評価

アメリカン・ユートピア(2020年製作の映画)
4.6
元トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンが作ったブロードウェイでのショーを、スパイク・リーが映像化したもので、アメリカでは劇場公開できず配信になってしまったらしい。日本では大画面で観られるのでラッキー!ということで出かけてきました。
思いの外劇場が混んでいて、多分トーキング・ヘッズ直撃世代って今50代くらいじゃないかと思うんだけど、老若男女取り混ぜて(子供連れまでいた)大盛況で、デイヴィッド・バーンってそんな感じだったっけ?といささか訝りながらの鑑賞だった。

彼には、トーキング・ヘッズ時代のライブ映画で『ストップ・メイキング・センス』という名作があって、今回もライブショーの映像化なんだろうと予想していたのだけれど、音楽映画としての素晴らしさを超えた重みというか、心に深く刻み込まれるものがある作品だった。デイヴィッド・バーンを知らなくても楽しめる、今観る価値のある作品としてお勧めです!
んなこと言われなくてもわかってるよ、ってことで大盛況だったのかもね。

さてここからは、作品の内容に触れるのでネタバレ気味だし蛇足だと思うので、鑑賞前には読まない方が良いと思う。

まず、ショーとしての出来が大変素晴らしいと思った。機会があれば体験してみたい。
セットのない箱のようなシンプルなステージで、マイクも楽器もすべて手持ちのワイヤレスで、マーチングバンドのように動きながら演奏するのがとてもワクワクして楽しい。衣装が全員揃いのグレーのスーツっていうのもカッコいいし、ライティングなどでの変化の付け方も見事。一見お金がかかってなさそうなんだけど、それぞれの肩にセンサーが付いていてスポットライトが追尾するようになっているとか、見えないところに工夫がされているようだ。
あと、デイヴィッド・バーンの現役感が素晴らしい。今年で69歳らしいけど、とにかく声がよく出ているし、疲れを知らない子供のようなステージングには感心した。『ストップ・メイキング・センス』で見られた過剰な運動量と変な振り付けは健在で、これも嬉しかったな。

音楽映画としても素晴らしいと思ったのは、ステージ真上からのショットなども印象的だったけれど、何より観やすかったことだ。
ライブ配信が多い昨今、観にくい(醜い?)映像に辟易していませんか。手持ちの一眼レフカメラで背景をボケボケにして、ユラユラとどこを撮っているかわからないショットをいろんな角度からパカパカ切り替えて、オートフォーカスでピントが頻繁に動くアレ。撮り手の自己満足に付き合わされている感じでもうほんとにイライラする!
そこへいくとスパイク・リーはさすが。どのショットもパンフォーカス気味なのが良い。手前の人も奥の人もちゃんと何をやっているかが見える。全体を把握出来て、画面の中で見る場所を選べるからストレスが少ない。

デイヴィッド・バーンがスパイク・リーと組んだのは、ニューヨーク繋がりってことかな?とボンヤリした印象しか持てなかったんだけど、映画の終盤に答えがあった。

ショーはアルバム『アメリカン・ユートピア』の曲から始まって、デイヴィッド・バーンのシニカルなMCを各所に挟みつつ、トーキング・ヘッズの曲なども織り交ぜて盛り上がっていくのだが、終盤にさしかかる頃こんなMCが始まる。

「次はジャネール・モネイの曲を演奏します。この曲は現代の鎮魂歌だと思うのです。年配の白人がこの曲を演奏して良いか彼女に訊きました。彼女は、この曲は全世界の人のためのものだ、と言ってくれました。(この後ちょっとうろ覚え…)私にも変革の余地があるのです。」

曲は打楽器と声だけで、人名を連呼し「彼の名前を言え!彼女の名前を言え!」と繰り返すもの。曲は知らなかったが、その名前が、差別による暴力の犠牲になった人たちのものだということはわかった。
名前が叫ばれる度にその肖像が映し出され、同時に名前と生年月日、死亡年月日が赤い文字で挿入される。肖像のいくつかは、おそらく遺族だろう人が持っている映像として挿入された。
曲の最後には画面いっぱいにビッシリと、曲には出てこなかった犠牲者の名前が。

それまで淡々とショーを記録することに徹していたカメラが、突然自己主張を始めた感じ。映像の空気もすべてが一変した。ああ、これがスパイク・リーが関わった所以なのだと腑に落ちた。
ここからはダムが決壊するように泣き通しだった。デイヴィッド・バーンはシニカルでスノッブなインテリ、といった印象だったが(酷いね、ごめんなさい)、ショーを通して伝わってきたのは、良い方向に変わろうとする意志と、人が繋がることで生まれるであろうポジティブな希望だった。

椅子に座っているのが辛かった。立ち上がって身体を動かしたかった。あと、音質も良くなかったのだが、何より音量が足りなかった。スタンディングで爆音が理想の映画だ。どっかでやらないかしら。
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