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ベイビー・ブローカーのchidorianのレビュー・感想・評価

ベイビー・ブローカー(2022年製作の映画)
4.7
数年前から韓国ドラマや映画に嵌まっていて、この映画も是枝作品というよりはキャストに魅力を感じて公開を待ち望んでいた。
韓国のキャストで韓国で撮影された韓国映画だが、これまで観てきた韓国映画とは手触りが違う印象が面白かった。
面白かったけどちょっと物足りないなーという気になったのが、言ってみたら是枝監督の持ち味なのかも知れない。

例えてみれば暖かいスープを飲んだような、手をかけて作られているようだけれど穏やかな味で、もうちょっとガッツリ食べたかった気もするけれど、後になってじんわりとあのスープ美味しかったなと思い出すような。

物語は『万引き家族』に続き疑似家族モノで、釜山からソウルまで一台のワゴンで移動するロードムービーでもある。
撮影も移動の順番におこなわれたようだから、他人が疑似家族として馴染んでいく様子は、リアルに熟成されたものでもあるだろう。

ワゴンの4人、それを追う2人、それぞれの人生と思いが浮かび沈み絡んで溶け合う。それぞれのキャラクターに寄り添って見るといろいろな解釈ができるだろう。母として、父として、子供として、ひとりの人間として。
ネタバレになるかもしれないが、私はカン・ドンウォン演じるドンスが若いソヨンに自分の母を見ていることに泣けた。ソヨンを受け入れることが自分の母への思いを変えていく。そう思うと、ドンスが赤ん坊を抱っこしているだけで泣ける!

派手な演出は一切ないが、キャストは名優揃いでみんな良い。所謂端役もよく見る顔ばかりだったが、パンフレットに主要キャストしか載っていないのが不満。
「ソン・ガンホ出演作にハズレなし」という個人的格言は今回もアタリだった。丸めた背中に哀愁を漂わせたら一級品。
カン・ドンウォンはアイドル的印象が強かったが、今作の抑えた演技は最高だった。
イ・ジウンはもう何と言っても『マイ・ディア・ミスター』のジアンなんである。彼女が笑っているだけで嬉しくなる。安らぎに至ったか、と思う。というのは冗談としても、感情の機微を表現するのが上手だと思う。
子役のイム・スンスは撮影現場では相当やんちゃだったらしいが、そこは是枝監督、実によい感じに収まっていた。赤ん坊をあやす姿、観覧車。
ペ・ドゥナとイ・ジュヨンも良かった。ひとつひとつ挙げたらきりがない。

いろいろ読んだインタビューの中で是枝監督は韓国の映画制作現場の労働環境に度々言及していて、労働時間の上限が決まっているのでスタッフにも余裕が生まれ監督も怒鳴ったりする必要がない、というようなことを言っていた。面白かったのは別のインタビューでイ・ジウンが、是枝監督が眉間にしわを寄せたり怒ったりするのを見たことがない。かつて経験した制作現場ではしばしばあった。と言っていたこと。
制度を整えることが第一だが、その運用は各自の心がけや資質にかかってくる。

雨の降る中、車で張り込みをするペ・ドゥナが窓ガラスについた花びらをとる、とても印象的なシーンがあるが、あの雨は脚本にはなかったハプニングで、撮影監督と相談して雨のシーンに変更したという。驚いた。

映画を観てから関連記事やインタビューを漁っている。いろいろ興味深いことも知ったから、もう一度観たいと思っている。

『ベイビー・ドライバー』を観て思い出した映画がある。

Netflixで配信されているドキュメンタリー『ワタシが“私”を見つけるまで』(原題『Found』。邦題は他の劇映画と紛らわしい悪手。)は、アメリカの家庭でそれぞれ養子として育った3人のティーンの少女が、DNA検査で血のつながった従姉妹であることを発見し、自分たちのルーツである中国への旅路にともに乗り出す、というもの。
中国の一人っ子政策がいかに多くの人たちを翻弄したかというお話なのだが、政治的な視点よりも、子供たちと彼女たちに関わる人たちの心持ちを丁寧にすくい取っていて、家族や親子について、新鮮な驚きと感動を得られる良作だ。一本の補助線となる映画だと思う。
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