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ボーはおそれているのryosukeのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
3.7
 しかしよくこんなにも神経に障る音、映像、シチュエーションを延々と連ねられるものだ。こちらの体調が芳しくなかったのもあってか、特に序盤はゴリゴリと生理的に削られる感覚があった。深夜、何度も何度も、流してもいない音楽についての苦情を内容とする手紙が部屋に滑り込んでくるという実に厭なシチュエーションからスタートした物語の不快さはとどまるところを知らない。ただちょっと冗長すぎるな。映像的なフックも序盤がピークで、あまりに長い劇中劇以降は地味かつ要領を得ないのでしんどくなってくる。もう少し娯楽性とバランスを取ってほしい。
 『ミッドサマー』もそうであったように、メンタル不調の心をプリズムとして歪んだ世界が映し出されるのだが、本作のそれは一歩家を出た瞬間に修羅の世界が広がっているという形で極端に誇張されている。全身刺青男との追いかけっこの爆発的なエネルギーから何とか扉を閉めて帰宅した主人公の横移動撮影に繋げる辺りのビジュアルセンスはやはり流石。決死の思いで向かいの店まで水を買いにいくトラッキングショットも良い。
 『ミッドサマー』と同じく物語の冒頭で肉親の死が導入されるのだが、この電話が実に悍ましい。追い討ちをかけるように風呂の上にへばり付いていた大柄な男が落下し、これまた『ミッドサマー』と同様に全裸の男が疾走する。衝撃的な母の死を伝えられたと思えば即座に通り魔と事故に体をズタボロにされ、それでも腐敗が進む母の遺体のもとへ速やかに向かうことを求められるというえげつない設定。アリ・アスターの悪意は底なしだな。
 プールに浮かんだ死体とシャッター音の取り合わせは『サンセット大通り』のオマージュであるはずだが、歪な本作はウェルメイドなハリウッド黄金期の傑作とは似ても似つかない。青ペンキをたらふく飲んだ娘と人工呼吸を試みて口を青くする母親とかも最悪なビジュアル。かつて自分を徹底的に支配していた母の訃報を受けて辿り着いた家に、首なしの母の死体と共に自分の名前が刻まれた墓が(その享年が定まるのを待っているように)セッティングされているのも嫌すぎる。
 自分の生=父の死であり、またその遺伝子が自分にも受け継がれているという悍ましい運命を子供に伝えてしまう母親。その母親にとっては、子供に夫の生命がそっくり写し取られたような感覚もあり得るように思え、母の呪いは強靭に練り上げられていくことになる。果たして、母が死んだばかりの家で行われる罰当たりな行為によって呪いを解くことができるのかと思いながら、少々事務的なベッドシーンを愉快な気持ちで見ていると、ふと黙り込む女に不穏な予感が生じ、案の定凝固した女のショットが差し込まれる......。
 やはりここは母の呪いの巣だったのだと思ったが、即座に明らかになる真相はより恐ろしく、観客は非現実的に増幅する陰謀の世界に迷い込むことになる。ホラー映画において象徴的な空間である屋根裏部屋。『ヘル・レイザー』にでも出てきそうな絶妙なチープさの怪物が良い。主人公の幻想ということでもいいのだが、同時にこれぐらいの質なら権力者の母が作らせることもできそうだなと思えて。死の瞬間に俯瞰ショットに切り替えてガラスケースに突っ込ませる辺りはやはり信頼できるセンスだと思う。ラストの飛躍も良かった。暗い水の中に突如開かれる罪悪感の法廷。とりわけホラー映画においては、内的な葛藤は歪んだ空間に反映されるべきなのだ。
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