パケ猫パケたん

ボーはおそれているのパケ猫パケたんのネタバレレビュー・内容・結末

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

⚡👧チコ🌋
「ボーっと生きてんじゃねーよ」😠
 ↑
 🙄言いたかっただけだろ🐱www

『ミッドサマー』(2019)の鬼才、アリ・アスター監督作品 A24🎵 オリジナル脚本

尚、このレビューは長いです🙇‍♂️💦💦


『ボーはおそれている』 (2023)
   🇺🇸USA 179分 


●スタッフ

監督・脚本
アリ・アスター
撮影
パヴェウ・ポゴジェルスキ
編集
ルシアン・ジョンストン
音楽
ボビー・クルリック
劇中アニメーション
ホアキン・コシーニャ
クリストバル・レオン


●キャスト

ホアキン・フェニックス
(ボー・ワッサーマン)

パティ・ルポーン
(ボーの母 モナ・ワッサーマン)

エイミー・ライアン
(グレース)

パーカー・ポージー
(エレイン)

スティーヴン・ヘンダーソン
(医師フリール)


●パケたん🐱の徒然なる感想

アートフィルム📽️であった

総評すると、カンディンスキーの、抽象画のような印象🎨
彼の絵画の様に、色彩が豊かで鮮やかであり、自由な発想の元に線とデザインが続くような~

オイラ🐱、最近、カール・ドライヤーの映画🎥を連続鑑賞していたので、この映画📽️はやや構図が甘い、映画📽️全体にしても、締まりがやや無いかも~って、厳しめに観ていた

しかし、後半、アニメーションの辺りから急激に、映画📽️の良さが分かって来て、「合計二回」見たよ🐱🎵 ガンバルマン💪

「ボーっと見てんじゃないよ~ オイラ🐱😾❗」


映画📽️自体が、ボンヤリとはしていたが、それはそうだよね~、だって、これは、ひとつのボーの夢みたい💤🎠💤なものだから~ 179分の長尺になったにしても、必然、致しかさないし寧ろ、豊穣🌾👨‍🌾👩‍🌾

さて、ボーは、完全にマザコンだよなぁこの映画📽️は母性に関する映画であることは、確実

(ココでオイラ🐱が、人間だった頃の母性の思い出

オイラ🐱が人間の幼稚園児🧒だった頃
のお話し🌺
お顔が転んで汚れていたのか、昼過ぎ、出先で、母親にハンカチでお顔を拭かれたよ、お外だったので水が無くて、可愛い可愛いとツバを着けたハンカチでさぁ
その後、ひとりで遊んでいたけれど
、ツバが乾いてきて、お顔全体が、臭くなって来て苦しいよ😞 
オイラその時、ボクはお母さんの所有物じゃないんだから、やり過ぎ、臭いと、言葉か感覚で思ったよ、明晰な思い出

だから、母性の優しさと同時に、重さや理不尽さを、身をもって体験した次第です)

さて、ボーっとから覚醒😍⤴️した、パケたん🐱の感想

最初の音楽が、画面と世界観🌎にマッチしている
ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スローターハウス5』(1972)でも、効果的に使われた、『バッハ ピアノ協奏曲第5番 第2楽章』である
そこに既に取り返しの付かない悲劇が起こっていて、しかし、それも宇宙の中では、予定調和でしかないといった、癒し系の曲である

それにしても、ボーの住まいは、治安が悪すぎる、『バットマン』(1989)のまるでゴッサムシティ

悪夢だとして、ゴッサムシティはニューヨークの誇張なのだから、『バートン・フィンク』(1991)や『裸のランチ』(1991)に呼応するかの、向神経系映画、蠱惑的なダークシティで観客の連想が、憚(はばか)る❓

母親の元には、帰れない様子である

そして、ボーは少し、実体が無いように思える
例えば職業が分からない
また、彼の住んでいる街が怪しくて、
街全体に陰謀が渦巻いている、雰囲気で
デヴィッド・リンチのドラマ『ツイン・ピークス』(1990)を思わせる、あと、道で耳👂でも拾って来そうなボー
パツキンギャルが揃っているのに、ナンパのひとつもしないボー
DTw臭いぞ🕵️‍♂️

さて、交通事故に合ってしまったボーは、轢いたグレースのお家🏘️のガーリィなピンクの部屋で静養

パジャマを着たボーは、赤ちゃん👶みたいでDT臭丸出し
映画全般に出てくる水は、ぬるついていて、まるで羊水
そして、グレースの娘が緑のペンキを飲む場面は、おフェラの練習の暗喩なのかな~、当然、ボーとは巧く出来ない

窓の外には、裸の男が立っていて、同じA24配給の『MEN 同じ顔を持つ男』(2022)のパロディみたいで、キモくて笑える🐱🎵

自由連想な映画📽️は続き、よりカラフル🎨な世界へ

少年に戻っているボー、美少年
母親との船旅🚢
少女エレインとの出会い、淡い初恋👩‍❤️‍👨
その切なさは、『海の上のピアニスト』(1998)を思い出させてくれる、あの映画も陸地から浮遊した男の話しだったなぁ

夜空の月は朧気に影っており、ボーと母は同衾の状態で寝ている、少し危ない状態

映画は進む
不思議な森と演劇空間に入って行くボー
ボーはボーッと老年になっている
その色彩の豊かさと、祝祭性にはフェリーニを感じさせて、巧い展開

その演劇は、映画『陽炎座』(1981)のように妖しく儚くて、多重世界を感じさせる

また、ここでのCGアニメーションが、 (オイラ🐱が、去年2位に選んだ)、『オオカミの家』のコシーニャ&レオンなので、非常に豪華そして、効果的

女神の仮面🎭を被った母は、白くて冷たくで不気味である

また、仮面を脱いだ白い母親の顔は、闇の中から現れては、消えていく、様々なネオンカラーの色に照らされていて、謎めいて美しい、この映画はこのシーンに尽きると思う、理由は後述します

映画は更に進む

母親の家🏠に、戻れたボー
母は事故死しており、その葬儀は終わっていた
 
母親は女性実業家で、多大な業績を残していた事が、観客に分かる

クールビューティであり、ハイヒール👠の似合ういい女

この家🏠が、屋内に池があったり、屏風があったりして、どことなく和テイストである
この室内のテイストは、スピルバーグの『A.I.』(2001)を連想させて、あの映画📽️も主人公が母親を熱望して、半ば捨てられる話しなので、切なくなってくる、巧い演出

この映画は、更にダークに展開して行き、ボーは美熟女によって、DT 喪失🐾🐾パチパチかと思ったら、これも、行為を盗み見する母親の陰謀

ボーの父親が、巨●なチンチン妖怪(タマタマもついておるw)、ヒーロー🦸‍♀️に
やっつけられる所はヤハリ、ボーの悪夢か妄想なのかな🐱 『パンズ・ラビリンス』(2006)みたく不気味な迷宮じゃ

母親の美脚にひれ伏してしまう、ボーと足元のハイヒールが美しい
そして、母親を過失で殺してしまう
叙事詩的でもある

ラストシークエンス

夜の海原にボート🚤で出るボー

謎の巨大洞窟に入る

月の光が妖しく射しており、
海水はヤハり、滑り気がある
洞窟内の襞は細やかで、名器そう🎻

そして、洞窟の奥は湖は羊水であり、子宮の内部
蜷川演出、寺山脚本の舞台『身毒丸』じゃないけれども、「母さん、もう一度、僕を妊娠して下さい」との哀愁🌗🤰

その子宮のような裁判所で、甦った母親の裁判を受けるボー
天井部には、何かリングのような
構造物がある

ボーには過失があったので、有罪判決

ボートから湖に落ちるボー、溺れ死ぬ

母、「本当は、あなたに入って欲しかったの」とのエロ怖いセリフで終わる


🌙ルナティックで、禁断の映画📽️(オイラ、マザコン気味なので、嫌いでは無い😻)としては、
ベルトルッチの『ルナ』(1979)、『魔の刻』(1985)、天海祐希主演の『狗神』(2001)(あまみん♪にお顔を舐められたいよ😻)、『ジョルジュ・バタイユ ママン』(2004)など、枚挙にいとまがないほどに、作られているのだが、
この映画📽️は、そこまでは、エロくない、
恋愛感情みたいなものは、わざと遠ざけられている
だから、この映画の本質を探るに当たって、ボーとは何者なのかを考察します


●考察(簡潔に)

「ボーはおそれている」のタイトルなので、子宮から、産まれ出ることをおそれていた事は確かである

そして、この映画📽️は、産まれ出でたボーのその後の数奇な一生を描いたのか、

或いは、ボーは死産でそのお化け赤ちゃん👶👻の幻影だったのか=胎児の夢(『ドグラ・マグラ』的な)

そのあたりを考えてみる🤔


1ボーのセリフ
「父も、祖父も、生まれついた瞬間に、死んでしまった、自分も同じ運命である」

2ボーの傷は、時間が経過するごとに、癒えずに劣化する一方だという事

3母の元に行く事が、非常に困難である事

1、2、3から推察、出来る事は

ボーは【一匹の精子】だっ👀‼️ってオイラ🐱は閃いたよ (パケ仮説🎵)

だから、ゴッサムシティみたいな極端な混沌は、射精前の精巣の中だと言うこと
劣性遺伝子を含めて、混乱しているのだ

そして、ボーは、母親の受精に間に合わなかったので、その出発の時点で、死ぬ事が確定していたのであろう 

ほとんどの精子は無駄死にをする

万一間に合って受精したとしても、それは、卵子と精子の融合した新しいDNA を持つ生命体の誕生なので、精子自体は潰えてしまう

だから、この映画📽️は、ゴッサムシティを出発したボーの想念と、精子の珍道中を、映像にしたものであろう

精子が主人公な映画としては、オムニバス映画『ウッディ・アレンのSEX の全て』(1972)の1エピソードしか思いつかない、ので独創的な映画📽️でありましょう

2001年精子の旅な、オズの魔法使いだよね🐱 天才に自由に作らせた結果だよ

そして、上述した、様々なネオンカラーに染まる、妖しくも美しい母親の顔は、「卵子」の暗喩であろうか

受精する為
細胞分裂を欲するだけの、ピュアな存在である

ラストのセリフは、卵子の厳しいDNA判定により、下される不合格の判定 そこには、自然の摂理だけがあり、近親相姦の文化的なタブーは介入していない、描写であった、それは、ある意味必然的な


●余談(ホアキン・フェニックスについて)

まぁ、ホアキンくん、リドリー・スコット監督の『ナポレオン』(2023)では、バックから高速ファッキング🙄して、頑張っていたけれども、駄作だったし?無駄打ちだったかもね~

しかし、『ボーはおそれている』は、間違い無く、後世に残るであろうカルト映画📽️であるから、良かったよ🐱

男としては、下手な鉄砲🔫でも
数打たないとね😻ww(教訓🎵)


UC キャナルシティ博多
スクリーン9(お遍路済み)
2024ー28ー22

中洲大洋(聖地枠)
大洋3
2024ー29ー23


【若干、推敲します】

【長文、読んで頂きありがとうございます🙇‍♂️💦💦🐈】