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殺人鬼から逃げる夜のbossのレビュー・感想・評価

殺人鬼から逃げる夜(2020年製作の映画)
4.7
小学生が考えたような、フックもひねりもない邦題が付けられているが、これが意外にも大当たり!聴覚障害者モノサスペンスの傑作だった!

まさにタイトル通り、殺人鬼の犯行現場を目撃してしまった聴覚障害者の女性が、殺人鬼から逃げ続ける一夜だけを描いたシンプルなお話なんだけど(一夜モノ大好き)、これぞ、ザ・韓国サスペンス映画!みたいな展開の連続で(しかもめちゃくちゃ良くできていて)、ただただ大好物で大満足な内容だった。
そして、本作はナ・ホンジン監督作『チェイサー』の影響をもの凄い受けていると思われる。

殺人鬼が近づいてくる音が聞こえない!
逃げる時に立てている音が分からない!

といった、耳が聞こえないことから起こるサスペンス要素の魅せ方やギミックの活かし方の演出が上手いのはもちろんなんだけど、そのベースに韓国が抱えている性差別問題やハラスメント、格差貧困などの社会問題をしっかり内包して描いている点が素晴らしかった。

冒頭、殺人鬼の車に乗せられていた被害者はどんな人物か。
なぜ舞台が人気がなく空き家の多い再開発地区なのか。
序盤の主人公の何気ない日常描写にも、それら問題提起がしっかり描かれている。
本作白眉と言ってもいい、中盤の交番シークエンスでは、聴覚障害者の筆談を通してしか伝えられない声と、"女性である"という声が、弱き声として二重に意味を持つ。
警官も表面的には主人公の女性に応対しているが、結局はその場にいる"男性"の声に流されてしまう。
また中盤以降、妹を誘拐されたマッチョな兄貴が絡んでくるが、彼もまた警官と同様、根深い性差別社会の中で普通に育ってきた男性に過ぎない存在として描かれている。
主人公の声を聞き、協力し、助け合うのは常に女性間のみで描かれているのもポイント。

そして、その社会的弱者の立場を最もよく理解し、その"立場"を利用して主人公らを追い詰めていく存在としてのサイコパス系殺人鬼。
終盤、ちょっと演出過多で不自然な人物導線になってしまっているが、ここでも"立場"を上手く利用したオチが付いていたりと、ただのジャンル映画に収まらない演出、脚本が本当にお見事。

役者陣の演技力も非常に高くて、特に聴覚障害を持ちながらもキュートでハツラツとした主人公を演じたチン・ギジュさんの演技力と魅力はハンパなかった。お母さん役のキル・ヘヨンさんも良い味をだしていて、この親子役の2人は健聴者なのに、全く違和感を感じさせないナチュラルさだった。

『チェイサー』影響に恥じない韓国映画のもはや伝統芸能"路地裏ランチェイス"もたっぷり堪能できるので、もう気になっている方は迷わず観た方がいい!オススメです!

しかしこの映画…、タイトル(原題も)とポスタービジュアルは何とかならんかったんか…マジで損してるわー…
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