野

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲の野のレビュー・感想・評価

4.5
「なんだってここはこんなに懐かしいんだ」
オトナになってしまった、ひろし、みさえ、その他諸々のかつて少年少女であったオトナたち。
オトナたちは20世紀の匂いによって、懐かしさのあまり、幼児退行し始める。
20世紀の人情、温かい遊び、拙いテレビ番組。それら全てがオトナたちを優しく包み込み、ノスタルジックな記憶の中へ誘い幽閉する。
オトナたちは何も心配せず、未来を夢見続け、ただ子供の頃のように過ごす。
夢幻的。

子供たちは、幼児退行したオトナと直面し、恐怖を覚える。
これは繊細でプリミティブなオトナと直面することに対する違和感。
子供たちはオトナの不在により、怖かったであろうに、オトナのかわりとなろうとする。

そして、しんのすけはひろしと出会う。
ひろしは20世紀の匂いで退行している。
しんのすけは退行した親と対峙する恐怖を抑え、親を現実に連れ戻そうとする。
「父ちゃん、迎えに来たゾ」
しんのすけはひろしの足の匂いをひろしに嗅がせる。
その時、ひろしは現在を取り戻す。
美しい過去の中で生きる心地よさを放棄し、辛いであろう現在を生きようとした。余程の決断である。
ひろしは泣いていた。過去に戻りたいが戻らない。ひろしは強かった。
みさえも同様。

野原一家は、これから全国に散布される20世紀の匂いを止める為、東京タワーのような鉄塔を目指す。
道中、ノスタルジアな20世紀の街並みがひろし、みさえの郷愁を刺激する。
またも退行しそうになるが、2人は足の匂いを嗅いで耐える。精神力の高さが窺える。
その際、ひろしは「なんだってここはこんなに懐かしいんだ」と泣く。
軽トラックに夕日が差している。

野原一家は鉄塔に着き、頂上の散布スイッチを止めに向かう、ケン、チャコはエレベーターで頂上へ向かう、野原一家は階段で頂上へ向かう。
なんとか野原一家は頂上へ着いた、その頃には匂いの効果が消えていた。
ケン、チャコは絶望し、心中を図る。
しんのすけが「ずるいゾ」と叫ぶ。
家族の鳩が心中を邪魔する。


街並みの景色、音、人情がとても良かった。
私は16歳だが、何故か懐かしく、何故か戻りたくなった。
この寂しい個人主義の時代、私たちは暖かい繋がりを欲する。心の拠り所、温まる場所を欲する。
しかし、そのような場所はなく、ただ冷たい。
だから、温かい記憶に退行したくなる。
オトナ達の根源的な寂しさ、満ち足りなさ、が垣間見え辛くなった。
オトナになり自由になった時、オトナは温かい安心できる共同体からも自由になる。
オトナはその自由に耐えられなくなった。
切ない退行。
それでもなお、現実を生きようとする野原一家は強い。
私もノスタルジアに蝕まれることなく、生きていけるのだろうか。
心が揺さぶられる映画であった。
野