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クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲のHKのレビュー・感想・評価

5.0
クレヨンしんちゃん映画シリーズ第九作目。監督は原恵一。キャストは矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ、津嘉山正種、小林愛などなど

昔のテレビや生活を再現した『20世紀博』に大人たちは懐かしさから夢中になっていた。野原家の両親も異常にはまるようになっていき、次第に毎日のように通うようになり、子供たちの不満が募っていく。そして、ある夜「20世紀博からの大事なお知らせ」というのがテレビ放送で流れた後、大人たちは豹変する…

小さい頃は「あっぱれ戦国」ほどには見なかったんですよね。理由は単純で豹変した大人たちの変わりっぷりが物凄い怖かったから。ヘンダーランド含めて、ひろしやみさえが豹変してしまう作品て小さい頃は、そういうシリアス展開やホラー演出が苦手だったので中々見ることができなかったんですよね。

しかし、今は違う。大学一年の頃に見てもすごい作品だなと思いましたが、今回もう一回視聴して、やはりクレしん映画はおろか、日本映画史の最高峰クラスの作品というのが納得出来ました。ある種の到達点ですよね。

今作のヒロイン枠、及びラスボスはケンとチャコ。声優さんは津嘉山正種さんと小林愛さん。両方ともアニメ的な癖があまりないからこそ、この役にはまったとしか言いようがない。

クレヨンしんちゃんは第一作からSFやスパイアクション、アドベンチャー要素など様々な映画のジャンルの垣根を越えてバリエーション豊富になることで、制作者側の出来る自由度が格段に増えてきました。そんな中、監督の作家性というものも、段々と滲み出るようになってきたのです。

そしてこれは原恵一監督の作家性が爆発した作品であり、劇場版クレヨンしんちゃん史上最高傑作の呼び声高い作品となった。これ以降のクレしん映画は、戦国大合戦と共に必ずこの作品と比較されることになり、長いジレンマに駆られることになる。

郷愁やノスタルジーという、本来なら大人に成長すれば自然に身につく普遍的な感覚を、そのような感覚のない子供たちとを対比構造にとり、敵と言うよりは未来を勝ち取るために越えなければいけないものと定義づけているのがすごい。

人の死を扱わず、過ぎてしまった流行や思い出の品などの言うなれば「歴史の遺物」などを過去の「形而上学的な死」として描き、それに対して真正面から向かい合い、それでいて子供向けという体裁をほとんど崩さずに仕上げたからこそ、ここまでの歴史的作品になったのでしょうね。

中途半端に「昔は良かった」という形で終わらせないのがいい。これがオリジナル作品とかだったら、どう考えても説教臭くなるような内容を、クレヨンしんちゃんという一級の素材を使うことによって中和させた。シリーズ物という利点を最大限に活用した作品ともいえる。

本作の拘りは実にすごい。大阪万博のパビリオンを細かい所まで忠実に描き、それでいて、所々に入るギミックがどれも大人になれば分かるが、子供の頃だとあまり分からないような絶妙なラインナップがいいのよね。

それでいて、大人向けにシリアスに終始することはない。春日部防衛隊がバスでカーチェイスをするところはブルースブラザーズをオマージュしたかのような攻防を見せる。今回でマサオが正式に豹変キャラとなりましたね。

そして、恐らく一番の泣ける箇所は、もう説明不要ともいえるひろしの回想でしょうね。なんやねんあれ、今のが余計に泣けてくるわ畜生。あそこの音楽と過去回想のモンタージュによって見せるのは構造的には「砂の器」に似ているような気がする。あそこの藤原啓治さんの泣き演技、そして最後の引きの映像で見せるのは、最早、二十四の瞳ほどの品の高さを見せる。

今作の一番の立役者は原恵一ですが、もう一人の立役者としては荒川敏行さんと浜口史郎さんが挙げられる。特に「ひろしの回想」「21世紀を手に入れろ」は、劇半だけでも素晴らしい。

それでいて、21世紀を手に入れろが流れる箇所で敢えて階段を駆け抜けるという構図なのが、やはり素晴らしいですね。あそこでしんちゃんが走り抜ける所を真正面から描いた末吉裕一郎さんの功績はすさまじいですよ。七転び八起きしながら鼻血流しながら全力で駆け上がるしんちゃんが思い浮かべられる。

今作は、あまり台詞を意識しない私でも印象に残る台詞が多い。序盤の風間君が発言した「懐かしいてそんなにいいものなのかな?」というのが、今作のテーマを浮き彫りにするのもいいですね。

野原一家の名言のオンパレード「俺の人生はつまらなくなんかない!家族との幸せな時間をあんたたちにも分けてやりたいくらいだぜ!」臭い台詞なのに、ひろしが言うとかっこよくて泣ける。

最後のしんちゃんがチャコに言われたことに対して、しんちゃんらしく返すのが素晴らしいね。やっぱこれ、しんちゃんじゃないと成立しねえよ。

言葉で説明するのもまとまりきらない作品、傑作なので、しんちゃん映画と思わずに見てみることが一番いいかなと思いますよ。でも子供向けとして捉えると、シリアスが苦手な子供には向かないかもね。今の自分からすれば傑作ともいえるんですけどね。

いずれ、原恵一監督時代のクレしん映画だけを褒めて、今のクレしんを見ずに批判する人たちもイエスタデイワンスモアの仲間入りになるのだろうか。クレしん映画シリーズ的にこの作品も「過去の遺物」になる日が来るのだろうか。そんな日が来るのが待ち遠しくなる。
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