ゆうすけ

マイスモールランドのゆうすけのネタバレレビュー・内容・結末

マイスモールランド(2022年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

クルド人難民問題を描いた本作。本作の川和田恵真監督は、この作品が長編映画デビュー作。彼女は是枝裕和監督、西川美和監督が率いる制作者集団「分福」のメンバーです。勿論、本作の成功は監督自身の手腕によるところが1番だと思いますが、このような後援もあって、デビュー作でありながら素晴らしい映画に仕上がっています。

サーリャを演じた主演は「ViVi」専属モデルの嵐莉菜。彼女も本作が映画への出演は初。監督は、本当のクルド人の起用を考えていましたが、彼らの立場を危うくする可能性があるとして、ドイツ人ハーフである彼女を抜擢しました。そして、サーリャの家族を演じたのはなんと嵐莉菜の本当の家族。父、妹、弟と共に映画初出演を果たしました。

さて、映画を観てから軽く調べたクルド人難民問題について。本作の舞台は埼玉ですが、実際にクルド人が多く住んでいるのも埼玉県南部の川口市と蕨市。1990年代から日本に移り住み出し、現在およそ2,000人のクルド人が住んでいるようです。
彼らが埼玉県南部に移り住んだ背景としては、その地が鋳物産業が栄えた工業の街であったから。人手がいるため、外国人労働者に対して寛容だったようです。

クルド人とは民族名です。中東にクルディスタンという地域があり、そこに居住していた民族を指すのですが、元はオスマン帝国の領地の一つでした。オスマン帝国は第一次世界大戦を機に崩壊、その領地は独立国家の誕生や西欧列強の植民地となりました。その際、国とは認められていなかったもののクルド人自治区なるものも条約内で定められました。しかし、オスマン帝国から独立を果たしたトルコはトルコ革命により領土を広げていき、クルド人自治区は取り込まれてしまいます。かつての自治区を奪われたクルド人はトルコに反旗を翻し、今も争いが続いているというわけです。
その戦争から難民として各国に逃れている彼らですが、その一部が日本にも来ているということです。

難民の受け入れは、デメリットばかりが取り沙汰されている印象ですが、メリットも当然あります。
倫理的観点からは勿論ですが、国際社会における信頼や発言力の向上、少子高齢化社会における労働力の確保など。しかし、日本における難民認定率の低さが顕著です。
難民は他国に逃亡すると、その国で難民申請を行う必要があります。これが認められると在留資格が得られ、就労ビザなどが交付されます。しかし、認められないと不法滞在者となり、規定を破ると入管施設に収容されてしまいます。
つまり、この難民申請が通る通らないでは生活が一変してしまうわけですが、カナダ、イギリスでは約60%、アメリカは約30%、ドイツは約25%、フランスは約15%であるのに対し、日本では約0.7%となっています。
さらに、本作の映画公開後の話になりますが2023年6月に入管法改定案が国会で可決。難民認定三回目以降の申請者は強制送還が可能になるなど、より難民に厳しい法律となりました。

このような処遇を受ける日本の難民にスポットライトを当てた本作。そんな彼らの置かれている現実をありありと映し出します。
子供が3人もいるのに仕事ができない。隠れて仕事をして入館施設に収容、子供たちだけで生きていく。そして貧困、差別、偏見。あまりにも厳しい現実です。

印象的だったのはサーリャのヘアアイロン。冒頭のシーンでは、癖毛をストレートアイロンで伸ばしていました。これはクルド人である自分の遺伝を意図的に隠すような描写ですよね。日本に馴染むように。彼女が、クルドであることを誇りを持てていなかったのは友人にさえドイツ人であると偽っていたことからもわかります。ラストシーンでは、洗面台の前でストレートアイロンではなく、水を手につけて髪をかきあげます。より癖が出てしまうような行為ですが、彼女が父との対話を通してクルド人であることに誇りを持ったことを象徴する大事なシーンです。

不法滞在者となると、許可なしに都道府県の移動ができなくなるようです。手に赤い塗料を塗り、恋の相手である聡太と県境の看板に手形を残すシーンはすごくエモーショナルでした。

そして石。父は、石蹴りをする息子に対して「ここの石もクルドの石も同じ石だ」と言います。その時に、今は日本にいるが故郷であるクルドは胸の中にあるとも伝えます。息子が石を探して行方不明になったり、最後のシーンで石を家族に見立てたりするのは、彼のアイデンティティの確立と葛藤を描いているのだと思います。
ゆうすけ

ゆうすけ