ゆうすけ

PERFECT DAYSのゆうすけのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

本作は、2018年に企画された、誰もが快適に利用できる公共トイレを設置することを目的とした日本財団「THE TOKYO TOILET」(以下”TTT”)の広報映画。もともと短編のつもりだったようで、製作にあたり様々協議していく中で長編になってしまったもののようです。
作中に出てくる綺麗でおしゃれなトイレはTTTの企画で設置されたものですね。

この作品の主軸は”木”。コピペされたような毎日を生きる男の日常を描いていますが、そんな彼が常に見上げているのは木でした。

非常に整理整頓され、ルーティン化された日々。まず、この描写がすごく細かいんですよね。朝起きて布団を畳み、就寝前に読んでいた本にドッグイヤーをつけ、歯を磨いて髭を整える。この動きに寸分の狂いもない。玄関に設置された壁掛け棚には、外出の際に持っていくものを置いていて、それを手前から順番に取っていく。そこには、外の自販機で買うための小銭まで準備されている。無駄のない洗練された完璧なモーニングルーティン。

その棚には腕時計も置かれていますが、なぜかそれだけ持っていかないんです。これは、もういろんなことがルーティン化されていて時間を気にする必要すらないという描写なのかとも思います。銭湯にも、暖簾が出るちょうどの時間に自転車で到着する。このシーンだけでも、彼がどれだけ丁寧な暮らしをしているかが窺えます。
ただ、休日には腕時計を持っていくのです。このあたりも、彼のこだわりが感じられます。もう彼の中で決まっていることなのです。

また、一番面白かったのは彼が鍵を閉めたら曇りガラスになる透明なトイレの掃除をしている時、中に誰も入っていないことは透明なので自明にも関わらず、掃除に入る前にノックをするところ。
たった一瞬の行為ですが、その行為すら彼には必要なのです。

だから彼は”木”が好きなのかなと思っていました。人為的な何かに影響を受けない物理法則の中で、ただそこに生きている木の存在に、彼は共感していたのではないかと。

木と対比して映し出されていたのは、スカイツリー。”ツリー(木)”の名前を冠すそれには、自然の木とは違い彼は目も向けない。人工のものだから、その無機質な感じや冷たい感じが彼には合わないのかとも思っていました。

しかし、この映画のエンディング後に映された「木漏れ日」の語釈で、この映画のなんと素晴らしいことかと胸に沁み入りました。なんとなく理解していた映画のさまざまな描写が、全て木漏れ日という言葉が繋いでくれるという、とてつもない快感に襲われました。

「木漏れ日」というのは、日本語でしか一単語で表せない言葉で、他にも「もったいない」とか「積読」とかもあります。本作の監督はヴィム・ベンダースというドイツの映画監督ですが、日本で映画を撮るにあたって、その言葉に着目したのがまた面白かったです。

さて、そんな「木漏れ日」ですが、本作のエンディング後に「一瞬たりとも同じ影はできない」というような説明がされていました(正確には覚えていません)。これが、彼の本質だったのです。

彼は木を見ていたのではなく、木漏れ日を見ていたのです。
決して整理された毎日が好きだったのではなく、その整理された毎日の中で起こる”イレギュラー”が好きだったのです。その時だからこその様々な出来事の中にドラマがある。そしてそれを愛していたのです。

通っているスナックのママの元旦那と影について「変わらないなんて、そんなバカなことあるわけないんですよ」と言います。これも、そういう価値観から出てきた言葉ですよね。影と影が合わさっても変わらない、つまり人と人とが関わって、そこにイレギュラー(ドラマ)が起きないはずはないと。

思えば、彼は木の写真を撮っていましたが、それにしては下の角度から上に向かって撮っているようでした。それを何枚も撮って、何枚かは千切って捨てていました。これも、彼は木漏れ日を撮っていたんだと理解できます。風に揺れて形を変える木漏れ日に同じものはない。その一瞬を切り取る写真で、琴線に触れるものがなければ捨てていたのでしょう。

スカイツリーも、人工物だからとかじゃなくてそもそも木漏れ日がないから見向きもしなかったんです。しかし、姪がスカイツリーがあるんだねって彼に言って以降、スカイツリーを気にし始めて、ラストの車の中からなんて結構ガッツリ覗き込んでいました。
これは、彼が”スカイツリーにも同じ瞬間なんてない”って気づいたからだと思うんですね。イルミネーションの色が違ったり、暗雲が立ち込めて先が見えなかったり。

このように、木漏れ日だって提示されるだけで、もう頭の中のコペルニクス的転回が起きて、全部彼の理解が逆だったと思わされました。これだけ丁寧な暮らしをしていて、それを崩されるのは嫌だろうなって思っていたら、丸っ切り逆で彼を捉えることになるこの気持ちよさ。まさに完璧。

物語的にも、彼が整理された生活を送っているからこそ、普段はあまり変わっているように感じないただの日常の風景を、イレギュラーに感じるようになっていて、より強調され、ドラマを見出そうとするようになっていて、構成としても上手いなと思いました。

また、彼が今の生活になっていることも、名言はされませんが妹の発言から過去に父親と何かあったようなことが暗に示されます。こういった、説明はされないけど考えられる余白がたくさんあって、それが単に今の日常だけでなく、より時間的な深みが出てくるようになっています。

そしてなんと言っても役所広司の名演。カンヌ国際映画賞において本作で男優賞を受賞という快挙がありましたが、これだけセリフも少なく、他の映画と比べて何も起こらない本作の映像をこれだけ見てられるのも、まさに役所広司の名演あってこそだと思います。ラスト、車を運転しながらの長回しシーンも、表情の演技だけでここまで上手くキャラクターを見せることができるのは本当にすごいと思います。
ゆうすけ

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