岩嵜修平

イニシェリン島の精霊の岩嵜修平のレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.9
流石の『スリー・ビルボード』マーティン・マクドナー。退屈な男"の日常が淡々と描かれる中で、彼の親友の一つの決断により、ジワジワと日常が壊れていく。一つ一つの台詞から巡らされる思考の連続。静かな映画だが、片時も目を離せない。100年前の小さな島が今の世界を映す。

作品全体として、人間の愚かしさ・弱さを描いているように感じた。客観的には小さな諍いが応酬の繰り返しにより戦争につながる。アイルランドで、遠く内地で起きる内戦と、孤島で起きる悲劇。他人事にしていた問題がジワリと身近に忍び寄る。宗教や警察の頼りなさに、ムラ社会の恐ろしさ。"今"の映画。

パードリックは、どうすれば良かったのか。親友への執着を捨て、話しかけなければ良かったのか。設定が上手いと思ったのは、パードリックの生き方が、現代の多くの人が憧れる生き方ということ。ほぼ何もしなくても生きていける。今となっては、ほぼあり得ない暮らしを「退屈」と否定するコルムとは。

かなり笑いどころが多いのも印象的。でありながら、常に緊張感が持続している。途中で"精霊"によって示される「ふたつの死」も効果的に機能し、最後までドキドキさせ続ける。いくらでも"退屈"な話になりそうな設定を面白く観せるのは、作家としての技術に他ならないのでは。脚本賞は取ってほしい。
岩嵜修平

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