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ゴヤの名画と優しい泥棒のDickのネタバレレビュー・内容・結末

ゴヤの名画と優しい泥棒(2020年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

●作品概要(出典:公式サイト他)
2021年9月にこの世を去った『ノッティングヒルの恋人(1999)』のロジャー・ミッシェル監督の長編劇映画の遺作。1961年にロンドン・ナショナル・ギャラリーで実際に起きた名画盗難事件の裏に隠された真相を、犯人と名乗り出た男とその家族の視点からユーモラスに描く。主人公のケンプトン・バントンは、戯曲を書いては投稿を続ける60歳のタクシー運転手。彼は街角で息子と一緒に「年金老人に無料テレビを!」という看板を掲げて社会変革運動を開始したが、誰も見向きもしてくれない。そこで名画の身代金を政府に要求し、何千人分もの受信料にあてようと考えたが……。主人公にジム・ブロードベント、長年連れ添った妻にヘレン・ミレンと、イギリスを代表するオスカー俳優が共演。息子のジャッキー役に「ダンケルク」の主役に抜擢されたフィオン・ホワイトヘッド、弁護士ジェレミー・ハッチンソン役に『ダウントン・アビー』のマシュー・グードなどイギリスの名優が配されている。さわやかな感動作のなかに、不寛容な時代への挑戦状が潜んでいる。

【マイレビュー:◆◆◆ネタバレ注意】

★Based on a true story.(下記❼参照)

❶相性:上。
★楽しめる、気分が良くなる作品。

➋時代:1961年をメインに、4年後の1965に後日談がある。

❸舞台:イングランド北東部の都市ニューカッスル(下記❻参照)及びロンドン。
★1960年代前半のニューカッスルは、主力の造船業が衰退し、街の空洞化、失業者の増大、治安の悪化、人口減少等の深刻な問題が浮かび上がった苦難の時代だった。

❹主な登場人物
①ケンプトン・バントン:ジム・ブロードベント(70歳)
60歳。タクシー運転手を首になり、パン工場で働くが、そこでも移民をかばって失業する。理想を求める社会主義者。「年金老人に無料テレビを!(Free TV for OAP!(Old-Age Pensioner:老齢年金受給者)」という運動を展開中。BBC-TVの受信料の支払いを拒否したため、2度刑務所に入れられている。戯曲を書くのが趣味で、何度も原稿をBBCに送るが採用されたことはない。ロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画を盗み出した容疑で裁判にかけられる。
②ドロシー・バントン:ヘレン・ミレン(74歳)
ケンプトンの妻。中流家庭の家政婦として、収入の不安定な夫に代わり一家を支えている。13年前、18歳の長女が、ケンプトンが買い与えた自転車の事故で亡くなったことで夫とわだかまりがある。長男は独立している。
③ジャッキー・バントン:フィオン・ホワイトヘッド(22歳)
ケンプトンとドロシーの次男で同居。20歳。船大工だが、定職はない。
④グロウリング夫人:アンナ・マックスウェル・マーティン(42歳)
家政婦ドロシーの雇い主。
⑤ジェレミー・ハッチンソン:マシュー・グード(41歳)
ケンプトンの弁護を担当する売れっ子の法定弁護士。
⑥アイリーン:エイミー・ケリー(26歳)
ジャッキーの恋人。

❺まとめ
①「事実は小説よりも奇なり(Fact is stranger than fiction.)」の諺がピッタリの作品。
②一番のお気に入りは、12人の陪審員による評決のシーン。
ⓐ「額縁窃盗」は「有罪」。
ⓑ「ゴヤの名画窃盗」、「ロンドン・ナショナル・ギャラリーを脅迫した罪」、「市民が鑑賞できる権利をはく奪した罪」の3つは「無罪」。
ⓒそれを聞いた傍聴席の人たちは大喜び。
★我々観客も拍手喝采である。
③ケンプトンは額縁窃盗の罪で3か月間服役する。その間、彼は時間を無駄にせず、2つの戯曲を書いた。
④それから4年、更なるお楽しみが待っていた。
ⓐ真犯人は息子のジャッキーで、ケンプトンは息子を守るため身代わりとなったのだった。
ⓑジャッキーは、良心の呵責に耐えかねて、自首する。
ⓒジャッキーの告白を聞いた当局の担当者の結論がふるっている。
「ジャッキーを起訴するには、当初の被告人のケンプトンを再度証言台に呼ばなければならない。そうするとケンプトンは、またまた世間を騒がせることになる。それは公共の利益に反する。だから本件は公にしない。口外無用。」
★なるほど、そんな手があったのか。さすがはイギリスだ(笑)。
⑤そして、エンドロールでの重要な補足が2つ。
ⓐ「2000年、イギリスBBC放送では75歳以上の高齢者の受信料が無料になった。」
★「ケンプトンの戦い」に決着がつくまでには40年もかかったのである。
ⓑ「ケンプトンの戯曲は現在に至るまで1本も上演されていない。」
★映画一巻の終わりでございます。お楽しみ様でした(笑)。

❻トリビア1:ニューカッスル(出典:Wikipedia)
①ニューカッスル・アポン・タイン(Newcastle upon Tyne)はイングランド北東部、タイン川河口近くに位置する工業都市で、タイン・アンド・ウィア州に属する。しばしばニューカッスルと略される。またニューキャッスルと表記されることもある。
②市の人口は約30万人。周辺都市を含めた100万人都市圏の中心でもある、北部イングランド最大の都市。
③ロンドンへは列車で約3時間。
④産業革命時にはニューカッスル出身のジョージ・スティーブンソンが蒸気機関車を実用化した。
⑤造船業も盛んで19世紀末ごろには世界最大の造船所であり最盛期には世界の1/4の船舶がこの地で造られた。
⑥第二次世界大戦後は造船業が衰退し、1970年代には炭坑も閉山となった。ニューカッスルは、中心街の空洞化や失業者の増大、治安の悪化、人口減少などさまざまな問題を抱えながらも、産業構造の転換を模索し、商業・サービス業・観光業に重点を置いた政策を実施して現在に至る。

❼トリビア2:映画化のきっかけ(出典:huffingtonpost.jp、lady.co.uk)
①本作のEP(製作総指揮)は6人いるが、その一人、クリストファー(クリス)・バントン(1976~)は、主人公ケンプトン・バントン(1904-1976)の次男ジャッキーの息子で、ケンプトンの孫に当たる。
②クリスはケンプトンが亡くなった後に生まれているが、ジャッキーから聞いた話や、ケンプトンが遺した書き物から、ケンプトンの事件を知り、調査を進めていた。
③アイデアがまとまった時、これは皆に知ってもらうべきだと思い、プロデューサーのニッキー・ベンサム(女性)にメールを送った結果、映画化が決まった。
④映画化に際しては、祖父の資料を提供して相談に乗り、全面協力した。

❽トリビア3:007第1作に登場したウェリントン公爵肖像画(出典:IMDb)。
①本作のラストでケンプトンとドローシーが映画を観ている。007第1作『Dr.No(1962)』(邦題『007は殺しの番号』。リバイバル以降『007/ドクター・ノオ』と改題)である。
②その中に「ウェリントン公爵肖像画(Goya's Potrait of the Duke of Wellington /The Duke)」が登場する。007の製作当時、この肖像画は、まだ盗まれたままだった。そこで、作り手は、ドクター・ノオが盗んだというジョークをでっち上げたのだった(笑)。
③この肖像画が登場するシーンを、本作に取り入れるに際しては、ヘレン・ミレンとロジャー・ミッシェル監督が、版権元であるイオン・プロのバーバラ・ブロッコリとマイケル・G・ウィルソンに個人的に話をつけて、許可を得ている。
その際の格安の料金はチャリティに寄付された。
★②③とも、いかにも英国らしいブリティッシュ・ユーモアである。

➒トリビア4:ロジャー・ミッシェル監督vsアンナ・マックスウェル・マーティン(グロウリング夫人役)(出典:IMDb)。
2人は夫婦(2002-2021/9)で、2人の娘がいる。

❿トリビア5:1960年前半のイギリス映画
『土曜の夜と日曜の朝(1960)』、『蜜の味(1961)』、『恐怖(1961)』、『吸血狼男(1961)』、『回転(1961)』、『或る種の愛情(1962)』、『007/ドクター・ノオ(1962)』、『007/ロシアより愛をこめて(1963)』、『孤独の報酬(1963)』、『トム・ジョーンズの華麗な冒険(1963)』、『反撥(1964)』、『007/ゴールドフィンガー(1964)』、『ナック(1965)』、『007/サンダーボール作戦(1965)』等。

⓫トリビア5:1961年の世相:日本及び世界(Wikipedia)
・ジョン・F・ケネディがアメリカ合衆国第35代大統領に就任。
・赤木圭一郎がゴーカート事故で死亡。
・名張毒ぶどう酒事件発生。
・NHK朝の連続テレビ小説放送開始。第1作は獅子文六原作の『娘と私』。
・アイヒマン裁判。
・人類初の有人衛星、ソ連のボストーク1号が、ユーリイ・ガガーリン飛行士を乗せ地球一周に成功。
・東ドイツが東西ベルリンの境界を封鎖。ベルリンの壁を建設。
・森光子「放浪記」初演。
・1961年の日本公開映画:『ウエスト・サイド物語』(監督:ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンズ、音楽:レナード・バーンスタイン)、『怪獣ゴルゴ』、『かくも長き不在』(監督:アンリ・コルピ)、『101匹わんちゃん』、『ビリディアナ』(監督:ルイス・ブニュエル)、『蜜の味』(監督:トニー・リチャードソン)、『豚と軍艦』(監督:今村昌平)、『宮本武蔵』(監督:内田吐夢)、『用心棒』(監督:黒澤明)、『モスラ』等。
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