なっこ

しかたなかったと言うてはいかんのですのなっこのレビュー・感想・評価

3.2
しかたなかったと言うてはいかんのです。

生体解剖事件
この言葉が意味することの詳細を知りたくないと思ってきた。この事件を題材とした『海と毒薬』も読んではいない。でも、いつかはきちんと知らなけばならないと思ってきた。その始めが、このドラマで良かった。

巣鴨プリズンで罪と向き合う主人公と彼を救おうと奔走する妻。その妻を助ける通訳の三浦さん。終始妻の筋の通し方がかっこよかった。夫が間違った裁判で死ぬことが許せないと静かに戦う彼女が素敵だ。許しを請うのではなく、命乞いをするのではなく、きちんとした裁きによって夫の罪に罰を与えてほしい。けれど、何もしなかったことが罪になると思っている夫は嘆願書を書くことができない。

これは夫婦の物語。
ラスト近くにそう実感した。
夏目漱石の『こころ』を読んでもそう感じてきたが、男たちは遺される方の気持ちを考えてくれない。妻は面会で嘆願書を書かない夫に静かに訴えた。「あなたはそれで気が済むのかもしれませんが遺される私たちのことも考えてください」。どれだけの女たちが、死をもって罪を引き受けようとする男たちにそう言えただろうか。その言葉をちゃんと聞いてもらえただろうか。

冒頭で描かれる手術シーン。参加した人はあんなにも多いのに、なぜ彼を含めてたった5人しか罰を受けなかったのか。どう考えても意見できるような雰囲気ではない。その場にいた人たちの中でこの罪とその後葛藤した人はどれだけいたのだろう。
この事件の背景には福岡大空襲がある。あのとき福岡にいた人が全てを焼き払うB29をどれほど恐れ、どれほど憎んでいたのか。その憎悪が乗組員である彼らに向かった。彼らだって戦争だから、命令だから、戦闘機に乗っていたのに。巣鴨プリズンにいて、同室のふたりはそうやって罪に向き合い、彼らもひとりひとり名前のある人間であり、家族もいたのに自分たちはその手で彼らを殺したのだと気が付いていく。
自分たちを苦しめる相手を、ひとつの的に絞り、敵だと決めて、憎しみをぶつけてすっきりして、さっさとこの問題から解放されたい。そんな風に思うことは、現代のいまでもあるはず。相手は生身の人間なのに、大義名分があれば何をしても許されると思う、その考えこそが間違っている。圧倒的に有利な方に立ったときに人間が見せる傲慢さをよく知っておかなければならない。

この物語が後世に伝えるべきことは、彼らが生き抜いたということだと思う。実験手術の首謀者はさっさと首を吊った。本当の苦しみは、罪を背負っていくその先の時間だったのに。戦争時は軍の誉れとされた行為を価値観のがらりと変わった戦後、戦犯として背負って生きていく。それを家族は支えた。夫婦が伝え続けたことは、その一言に尽きる。

いのちを前にして、しかたなかったと言うてはいかんのです。

戦争中に起きたことの多くは残虐で考えるだけで怖しい。
だからこそ彼がしてしまったことにだけ目を向けるのではなく、
そのメッセージを発信し続けたことを私はきちんと受けとめたいと思った。
なっこ

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