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妻、小学生になる。のmaroのレビュー・感想・評価

妻、小学生になる。(2022年製作のドラマ)
3.5
2022年冬ドラマで面白かった順位:3/8
 ストーリー:★★★★☆
キャラクター:★★★☆☆
    映像:★★★☆☆
    音楽:★★★☆☆

失くしたもの(死者)と向き合うことで、未来を見つめていく感動ドラマだった。
正直、要素としてはそれほど珍しい話でもない。
『地獄先生ぬ~べ~』や『学校の怪談2』(1996)でも同じようなエピソードはあったので。
ただ、できることならぜひ実現したい設定だなと改めて思える話だったかな。

◆失ったものに目を向けて家族再生へと繋げる展開

この物語の一番の肝は、第9話のラストで圭介(堤真一)が言った「これからは、失くしたものじゃなく、ママがくれたものを見つめて生きていかないか」というセリフに集約されるんじゃないかな。
前に誰かが言ってたけど、「人生は集めたものじゃなくて、与えたもので決まる」と。
貴恵(石田ゆり子)が与えてくれたものを胸に、前を向いて歩いていくってのが、このドラマの一番のメッセージだよね。

大切な人を失った悲しみは、基本晴れることはないと思ってる。
自分だって、6年前に亡くなった祖母のことを思い出しては、いまだに涙が出るときもあるし。
そのたびに、「もっとああしておけば」と後悔の念に苛まれる。
どんなに幸せな人生を送ったとしても、残された人は多くの場合、そうやって後悔することはあるんじゃないかな。

このドラマの新島家もまさにそうで、10年前に事故で貴恵が亡くなって以来、圭介も麻衣(蒔田彩珠)も生きる気力を失っていた。
貴恵は万理華(毎田暖乃)の体を借りて蘇るものの、いつかは返さないといけないから、圭介たちはある意味2度、大切な人を失うようなものなんだよね。

でも、2回目の貴恵との生活を通じて気づく。
いつまでも貴恵にばかり頼ってはいられないと。
死者を想う気持ちは大切だけど、ただ想うだけでは過去から抜け出せないのといっしょ。
生きている人は未来に向かって進む必要があるのに、その歩みを止めてしまっていることになるから。

果たしてそれが、死者が残された人たちに願うことだろうか。
圭介も麻衣も、前を向いて歩くことができるようになったのは、貴恵と奇跡のような時間を過ごしたおかげ。
ただ、彼らが現実の世界の住人と違うのは、死んだ人の言葉を直に聞けたこと。
自分が何をすべきか、道標になってくれる存在がいたのは大きい。
自分も死んだばーちゃんで再現したい(笑)

あと、貴恵が成仏するときは、あらかじめお別れを言ってくれるのはいいよね。
普通は死って突然やってくるから。
だからこそ、まわりの人は大切にしなくちゃいけないんだけど。
いつか来るそのときのために。

◆天才子役現れる

貴恵の魂が乗り移った万理華を演じた毎田暖乃の演技はすごかった。
3ヶ月間、自分の母親のような年齢の役を演じ続けたのだから。
ドラマや映画でたまにすごい子役いるなって思うときはあるけど、どれもスポットが多い。
今回は1クール演じ続けたからね、なんというかもう本当にすごいなって。

◆そんなわけで

実は泣けはしなかったんだよね。。。
妻を亡くすという実感が湧かなくて。
とはいえ、亡くした人との関わりを通じて、未来を向けるようになるいい話だった。
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