なっこ

風起隴西<ふうきろうせい>-SPY of Three Kingdoms-のなっこのレビュー・感想・評価

3.2
義と情を、乗り越えよ

間諜、諜報、という言葉を字幕で見る度に、私の前をひらひらと美しい蝶が横切っていく…

なぜか、この間に立つ人々の生きようが、蝶のように美しく華麗でありながらすぐに握りつぶされてしまうほどに脆く儚い命であるかのように感じてしまう。そう、彼らの生き方はまるで乱世を飛び回る蝶のようだなと感じる。

ひらひらと舞い、どっちつかずで、誰からも頼られ、命令され、使われていながら、自分さえも騙していくからほんとうの自分を見失っていく存在。

24話と中国ドラマとしては短い。だからと言って内容が薄いわけではない。むしろ濃ゆい。濃ゆすぎて、1.5倍速ではついていけず、通常速で見た。字幕に追いつけないのだ。顔も似たり寄ったりで、最初の数話は主演ふたりの見分けが全くつかないままだった。三国志の地名や人名が頭に入っている人なら容易についていけたかもしれない。それが分かっていなくてももちろん面白いけれど。分かっていたらもっと楽しめる作品だろうとも思う。長い長い三国志の中から、ほんの少しの間のエピソードを借りてきているぐらいなのではないだろうか。数年かけた諜報活動だが、それほどドラマを流れている時間は長くない印象だった。

原作は、『長安二十四時』の馬伯庸のデビュー作。

『長安二十四時』を見たときにも感じたが、物語の中を生きる人物たちは、始まってしまうと終わりまで行き着かなければ正義も悪も分からない、そんなに簡単に良い人か悪い人かも判断できない状況が続く。状況も人間関係も刻一刻と変化する。それでも一緒に物語を進んでいくと、自然に好きになってしまう、または信じたくなる好人物に出会う、その人がどうなってしまうのか見守りたくなる。そういう人を惹きつける不思議な魔力のある物語。

善悪を簡単には描かない。

単純な世界に生きていたなら、正義は明らかで悪に染まらずに誰も裏切らずに己の信念をただ貫いて生きていけば良い。しかし、人生はそんなに単純な道ばかりではない。諜報の世界はもっと複雑だ。

義と情を乗り越えて生きることは出来ない。それがなければ生きていることの意味を失いかねない。

前半は飄々としていて掴みどころのない陳恭にはあまり肩入れしていなかった。どちらかと言えば愚直なまでにまっすぐな荀詡に惹かれた。彼の執念は、正確な情報を得ていないにも関わらず、作戦を進めいく側の内情に肉薄していく。彼の捜査は、深く推理し考察されていて驚異を感じるというよりもむしろ、うざったくなるほどだ。上司であれば、狡猾で仕事の出来る陳恭の方が大器で重用したくなるようなタイプだろう。けれど、彼は…。

物語に花を添えるのはふたりの女性。こちらは主人公たちと違って活躍の時期をしっかりずらしてくれているおかげで見分けなくても済む。女性に対する接し方は好対照なふたり。私はもちろん真っ直ぐだけど不器用な荀詡が好みだが、陳恭いや、演じるチェン・クンの艶っぽさには誰も敵わないだろう。ふたりとも本当に素敵な俳優さんだった。彼らの活躍を他の作品でも楽しみにしたい。NHKBSの『ロング・ナイト』の再放送が控えているので、現代劇の方でも荀詡(じゃなくて、バイ・ユー)の活躍も見てみたいなと思って放送を楽しみにしてる。

三国志の時代は日本では弥生時代後期くらいなのかな。墨と筆はこの頃からあったんだ。でも紙はどうやら貴重らしい。紙に書きつけるのとあの木簡みたいなのはどう違うのか…とか色々時代についても気になるところ。この時代を舞台にして、三国志という凄い古典の間を縫ってスパイアクションのstoryを完成させてしまう原作の持つ物語の力には敬服する。
映像もとても美しい。筋を追うことに集中してしまったけれど、もう一周したらまた違う魅力に気が付けるかもしれない。
三国志をよく知る人なら、お気に入りの登場人物に出会えるという楽しみ方もあるのかも。
中国ドラマにしては比較的短く、展開も早いので見易い方ではないかな。おススメです。
なっこ

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