せーじ

ケイコ 目を澄ませてのせーじのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
3.9
338本目。
公開当初から非常に話題で、ネット上でも評価が高かったこの作品をようやく鑑賞することが出来ました。ですが、Filmarksでフォローさせて頂いている方々の何人かは否定的なレビューを書いてらっしゃる方もおり。特にまりぃくりすてぃさんのアツいレビューを読んで、実際の所はどうなんだろうと思い、YouTubeで「女子ボクシング」と検索していくつかの試合動画(キックボクシングが中心でしたが)を観てから鑑賞をしてみました。
その結果…




…なるほど。
これは確かに賛否が分かれるだろうなと思いました。
良かったと思えた部分とそうではないと思ってしまった部分が明確に分かれているように感じられたのです。

■よかったところ
俳優陣の演技そのものは、非の付け所が無いくらい素晴らしかったと思います。岸井ゆきのさんはこの作品で日本アカデミー賞の主演女優賞を受賞した訳ですが、観ていて「そりゃそうだわ…」と思いました。受賞されるのも納得の存在感だったと思います。存在感と言えばやっぱりジムの会長を演じた三浦友和さんの名前を挙げない訳にはいかないでしょう。会長の奥さんも二人のトレーナーも主人公の家族もバイト先の職場仲間も良かったですし、個人的には弟君の存在が良いなとも思いましたね。作り手が提示したプランを100%、いや120%の力で俳優陣の方々は表し切っているなと思いました。そこに異論は無いです。
それと、最終的に伝えようとしているであろう結論の内容は嫌いではないです。エンディングの「赤い帽子」はささやかながら泣かせる演出でしたし、それ以上のあからさまな感動は廃しながらも、ああいうこの先どう続いていくのかうっすらと想像できそうな開いた終わり方はとても好ましいなと思いました。
何より、主人公が求めていた"ものごと"が確かに伝播したことを描いたくだりや、それを理解した瞬間の主人公の表情はとても素晴らしかったと思います。

それならば…ということなんですけれどもね。

■よくなかったところ①:逆効果だと感じた演出
結論から言ってしまうと、作り手が見せようとしてきた演出や映像表現を、自分はあまり良いなとは思えませんでした。なんというか「作り手が良かれと思って演出として加えていること」が自分には逆に過剰に感じられてしまって、映画として不自然に思えてしまったのです。具体的には「映像」と「音」ですよね。
映像は暖色系の色味が付いているように見えてしまって、正直とても見づらかったです。おそらく下町の煤けた様子を強調するためにそうしたのだと思いますが、違うと思うのですよね。2020年から2021年にかけての現代が舞台なのですから、そういう"色"を加えずに写実的に見たままの色味で撮った方がいいはずだと思うのです。「煤けた下町にあるボクシングジム」という要素に引っ張られ過ぎだと思うんですよね。
また「音」の演出も過剰だと思いました。個人的にはやり過ぎだと思います。もちろん意図はわかるのです。「世界にはこんなにも音が溢れているのに!」ってやりたかったのでしょうから。けれども個人的には「音が聞こえない」ということを意識させる為に音を強調させるということよりかは「扇風機を使ったハイテク目覚まし時計で起きるケイコ」だとか「怒号に気がつかなかったり職務質問されちゃうケイコ」だったり「マスク越しだと読唇が出来ないケイコ」みたいな演出やエピソードの方が大事だと思うのですよね。だからこそ弟君の彼女がケイコと繋がろうとしてくれた場面だったり、エンディングで"あの人"と繋がることが出来たことに気がつくケイコの表情が感動的なのに、即物的な上にやり過ぎなんじゃないかな…と観ていて思ってしまいました。だって、冒頭からケイコがノートに字を書いている音が強調されていましたからね。そこは頑張るところではないのでは…と思ってしまいました。
それと、字幕の出し方も正直あまり好きにはなれなかったです。冒頭の「主人公の身の上紹介字幕」って要らないですよね?観てりゃ彼女がどういう事情を持った人なのかはすぐにわかるのですから。その後の手話の中身を伝える字幕も、場面によって出し方がバラバラでちょっとな…と思ってしまいました。弟君との会話シーンは、おそらく弟君の言葉を印象的にしたくてサイレント映画風にしたのだと思うのですけど、自分には会話のキャッチボールが寸断されているように見えてしまって、ノれなかったですね。それとは別のシーンで手話に字幕が出ない場面もあったりもしたのですけど、あの場面もどういう意図なのかは全く分かりませんでした。そこだけの話で終わってしまっていましたし。

■よくなかったところ➁:キレが無かったボクシングシーン
また、残念ながら岸井さんが演じていたボクシングのシーン全般が、自分には物足りなく感じてしまいました。ただし、これは岸井さんのせいではもちろんありません。それでいいと思ってしまった作り手の責任でしょう。
まりぃさんの指摘をもとにYouTubeでの試合動画と本作とで一体何が違うのかな…と考えてみたのですが、それは「キレ」のありなしなのではないだろうかと自分は思いました。松浦さんとのトレーニングのシーンもそうなんですけど、迫力があるというよりかは、どちらかというと技術的なモノが前に出ているような技巧的な打ち合いのように見えてしまったのですよね。「プロテストに合格して二勝しているボクサー」がやっているということを考えてしまうと、ちょっと、いや、明らかに無理があるように感じます。まりぃさんの言う通り、練習生でデビュー戦を目指す話とかだったら、納得は出来たかもしれませんね。(原作の引用元から逆算するとそれも無理だったのでしょう※コメント欄後述)
それだけならまだしも、実際の試合のシーンは、両者が戦っている姿をキチンと見せない編集になってしまっており、誠実さを感じませんでした。
まるでキチンと見せることを「諦めている」ように見えてしまったのですよね…
劇中のセリフを借りるなら「それは"相手"にも失礼」だと思います。

■よくなかったところ➂:「人間として器量がある」とは
このセリフ、序盤で会長がケイコについて語る言葉で、個人的にはとても好きな言葉なのですが…自分にはケイコのどこを見て器量があると会長が思ったのか、劇中の様子だけでは理解をすることが出来ませんでした。
何か一つでも、ケイコ自身の行動や振る舞いとして(ここはすごく重要)観ている観客がそう思わされるものごとを、劇中で明確に描くべきだったのではないかなと思うのです。聾者のように言葉を発さない登場人物の感情表現を読み取る手段として、人はついついその人が書いた文章や言葉に意味を求めがちになってしまいますが、劇中ではそれすらも彼女は断片的にしか見せてくれません。日記のナレーションも本人がしてくれないですし。となると後はアクション=振る舞いであらわすしか無いんですよね。
もう少しそこを作り手は大事にしてほしかったです。

※※

ということで、個人的にはなんとも煮え切らない、不満の残る感想になってしまいました。こういう硬派な作りの作品、本来は大好きなんです。大好きなんですけど…硬派さに作り手が溺れてしまっている様に自分には見えてしまいました。
もちろん、良かったなと思う光る部分もあるとは思います。
岸井ゆきのさんの演技を堪能したい方は是非。
せーじ

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