ゲイリーゲイリー

ザ・ホエールのゲイリーゲイリーのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
3.5
善と悪、精神と肉体、肯定と否定、そして希望と絶望。
こうした二項対立の概念には、時と場合に応じてどちらかが正しくどちらかが間違いであると判断される。
しかし本当はこれらに正解や間違いなど存在せず、私たち自身がどちらを見出したいかということが何よりも大切なのだということを本作は提示してくれる。

恋人のアランを亡くしたことで自身を否定し続けてきたチャーリー。
そんな彼がこれまでの人生で唯一肯定できる存在だったのが娘のエリーだ。
あらすじにも記載されている通り、本作は余命宣告を受けたチャーリーがエリーとの間に絆を取り戻そうとする五日間の出来事が描かれている。

チャーリーはエリーに対して繰り返し、「君は素晴らしい、最高の娘だ」と伝える。それは事実を述べるよりむしろそうであって欲しいという祈りに近い。
一方のエリーは、「人間はロクデナシ」とチャーリーに言い放つなど、厭世的で諦観に満ちている。とはいえ、彼女の言動からは自分の可能性をチャーリーとの絆をまだ諦めきれないのであろうことが窺える。
つまり彼らは互いのことを信じきれてもおらず憎しみきれてもいないのだ。

劇中何度も引用される「白鯨」のエイバフが白鯨に憎しみを抱き、白鯨を殺しさえすれば人生は好転すると思っていたように、エリーもまたチャーリーに憎しみを抱き、彼さえいなければ人生は違ったものになっていたと信じている。
しかしエリーがエッセイで言及していたように、鯨を殺したところで人生は好転などしないと彼女自身も薄々気づいていたのだろう。
そして気づいていたが故に更に苛立ちは募り、その苛立ちや怒りはチャーリーに牙を向く。

チャーリーはエリーの怒りを一身に受け止め(エリーの怒りは至極真っ当だと思うが)、そして彼女に希望を善意を見出そうとする。
エリーが起こしたとある出来事に対しても彼女は善意からそうしたのだと、自分が信じたい側面のみを見続けようとする。
つまりどちらの側面が「正しい」かという判断基準ではなく、「どう見たいか」「どう信じたいか」という判断基準をチャーリーは持ち続けるのだ。

人を救済するのは宗教や常識ではない。
自らの願いに対して「正直」であること、そしてそれを「信じる」ことで人は救済される。
だからこそチャーリーはあれほどまでに「正直」であることを強く訴え、エリーを「信じる」ことを選択したのだろう。
唯一無二の正解など存在しないこの世において最も大切なのは正直であることだ。