ゲイリーゲイリー

フローラとマックスのゲイリーゲイリーのレビュー・感想・評価

フローラとマックス(2023年製作の映画)
3.0
「ONCE ダブリンの街角で」のジョン•カーニーが7年ぶりに帰ってきた。音楽の素晴らしさと尊さを高らかに宣言すると同時に、不器用であろうと不格好であろうと人生は捨てたものじゃない、と私たちを優しく励まし続けてきた彼が帰ってきたのだ。

彼の作家性は本作でも健在だが、一方で彼の過去作とは少々趣が異なる箇所も見受けられる。その最たる例が主人公と音楽の関係性だろう。というのも、過去作の登場人物たちは人生の大部分を音楽が占めていたにもかかわらず、本作の主人公であるフローラは音楽に特別な思い入れがあるわけではない。しかしだからこそ、初めて音楽にのめり込む瞬間を切り取ることに成功している。既に音楽にのめり込んでいる人物ではなく、彼女のような音楽を演奏したことのない人物を描いたからこそ、ギターに触れ次第に上達していく歓びに満ちたあの日々のことをまざまざと思い出させるのだろう。

また、音楽に没頭していく過程で、フローラが自身の人生を振り返る展開になっていくのも本作の見どころ。性に奔放で下品な言動が目立つ彼女は決して褒められた母親ではないが、それでも息子であるマックスと真摯に向き合おうとし続ける。ジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」を聴き(「CODA(コーダ)」にも使用されていた楽曲)、人生に抱いていた理想と現実のギャップに思わず落涙してしまう彼女だが、自己嫌悪に陥らずマックスと真正面からぶつかることをやめないのだ。

何か楽器を演奏することで人生が好転するわけではない。それでも演奏することや自らの想いを表現することは、他の誰かの心を揺さぶり救うことに繋がる可能性を秘めている。
フローラがジョニ•ミッチェルの歌に心震わされたように、彼女の歌もまた私たち観客の心を揺さぶった。彼女の歌いっぷりを見ると、これから先の人生何があろうときっと大丈夫と希望を抱かされてしまうはずだ。