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聖地には蜘蛛が巣を張るのアー君のレビュー・感想・評価

聖地には蜘蛛が巣を張る(2022年製作の映画)
3.7
前作「ボーダー 二つの世界」が、寓話とサスペンスが混ざったような世界観が独特で非常に記憶に残ったが、本作は監督の出身であるイランで実際に起きた連続殺人事件を元にした実直な社会派ドラマであった。

これは単なるサイコサスペンスではなく、イラン社会における深く根ざした女性差別や因習を背景にしている。主人公である女性ジャーナリストであるラミヒを中心にストーリーは進んで行くが、同時に加害者であるサイード・ハナイの主観的な心理描写やどこにである普通の家族関係も描いている事等、この映画を俯瞰的に客観性を与えている特徴といえるだろう。

この事件の特性としてサイードが「スパイダー・キラー」から「ホーリー・キラー」と呼ばれだし、英雄視されて持て囃(はや)される事である。これは現在でも一部の地域に続いている「名誉殺人」の流れから来るものであり、またサイードは「聖戦」という言葉を口実にしているが、実際には捻じ曲がった妄想であり、これは軍務退役後にみられる「湾岸戦争症候群」のようなPTSDである。それが社会的地位の低い女性へ矛先を向けていたのが見立てとして適切だろう。(家庭内ではピクニック中に長男に対して異常な行動がみられた。)

中東圏における娼婦の実情は、地域の紛争や貧困などの生活基盤の不足などが未だにあり、そのために性暴力や人身売買などの被害に遭う可能性がとても高く、貧困により早婚や売春などの選択を迫られているのが理由であり、女性の地位が低くなり悪循環を生み出す要因にもなっている。

またミソジニー(女性蔑視)においては男性側からだけではなく、サイードの妻が黙認をして娼婦の存在を毛嫌いしているように、同性嫌悪という側面もあり一面的ではない点が複雑にしているところである。

映画全体の流れとして、平坦すぎて面白味には欠けていたが、それは生まれた文化による温度差であろう。この映画はイランでは公開はしておらず、制作時はかなりの制約や圧力もあり命懸けで大変だったようだ。なかなか犯人が捕まらなかったのは警察もグルであったらしく、最近でも警察による女性の変死事件もあったようだが、女性による基本的人権を訴えたデモは行われており、何かが変わろうとする兆しは見えている。

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