カツマ

ちひろさんのカツマのレビュー・感想・評価

ちひろさん(2023年製作の映画)
3.8
流れるままにゆるゆると。誰かの視線をヒラリと交わし、街のどこかで生きている。彼女は何者?謎は謎は呼ぶけれど、気が付けばそんな彼女を追いかけていた。寂しさを身体に纏い、孤独と共に歩いている。彼女はちひろと呼ばれているけれど、それ以外は何も知らない。元風俗嬢という肩書きも彼女を知るためのヒントにすらならなかった。

今泉力哉監督が有村架純主演で送る、主人公『ちひろ』を巡るマイペースな群像劇。原作は安田弘之の漫画『ちひろ』から取られており、製作はNetflixとなっているため、ややスケールがアップするかと思いきや、今泉監督らしいローテンポな質感は仄かに残された。劇中音楽はくるりの岸田繁が担当し、主題歌にもくるりの曲が起用されるあたりも、のんびりとしたこの映画のペースに合っている。飄々と生きるちひろの心の中を静かに掘り下げていくような作風で、世間の片隅で座り込む人たちをスッと立ち上がらせるような作品だった。

〜あらすじ〜

元風俗嬢のちひろはとある街で弁当屋の売り子として働いていた。彼女はお客さんからも慕われる性格で、自身の肩書きを隠すこともなく、淡々と周りに流されない生活を送っていた。そんな彼女をシャッターで追いかける女子高生オカジは、実はちひろにはもうバレていることも知らずに物陰の奥から彼女にスマホを向けている。
そんなある日、ちひろは街へと流れ着いてきたホームレスのおじさんに出会う。おじさんはちひろが持ってきた弁当屋のお弁当を食べ、控えめに会釈をして去っていった。
またある日、ちひろはマコトという名の子どもに絡まれ、マコトが持っていた文房具で腕を傷付けられてしまった。それを反省するマコトにまたもやお弁当を食べさせてあげるちひろ。いつの間にか二人は仲良しになり、減らず口を叩き合う間柄に。また、友人のバジルは開店資金を持ち逃げされ、途方に暮れているタイミングでちひろに会いに来た。それぞれがそれぞれに抱えている問題。ちひろはそれに過度に寄り添うわけでもなく、ゆるりと煙草を燻らすようにその鼻筋を漂っていたのであった。

〜見どころと感想〜

今泉監督はロービートの作風の中でそれぞれの悲喜交交を滲ませるような映画を撮る。今作でもそのスタイルは変わっていないが、より主人公の自分探し的な要素が強くなっており、一人の人物にフォーカスを当てたという点で、監督の色は少し薄まっているようにも思う。長回しもほどほどに、すれ違う人間模様も分かりやすく描かれた。自分は個人的には『街の上で』が好きだけれど、あの世間の片隅で淡々と生きてます、という雰囲気は少なくなっている。

そんなこの映画で最も太い軸を通したのは主演を演じた有村架純であろう。彼女の演技なくしてはこの映画は語れない。それほどに有村の演技は『ちひろ』のキャラクターを見事に表現できていた。有村は『花束みたいな恋をした』で日本アカデミー賞主演女優賞を受賞していたりと、グイグイ演技力を上げてきていて、今後の活躍がまだまだ楽しみな役者さんである。助演には若手の豊嶋花、長澤樹などを抜擢。いつメンとしての若葉竜也や、主演でも端役でもインパクトを残してくるリリー・フランキーなど、演技力の高い役者さんがキャスティングされている。

あくまでこの映画は有村架純をセンターに据えた物語であり、今泉監督のアクの強さをやや抑えたことで、主演の影響力を増大させるような手法がとられているように思う。そのため、悪く言えば今泉作品としてはやや凡用、良く言えば間口の広い作品へと仕上がっている。有村架純はイメージを絞らせない役者さんだと思っていて、それぞれの物語の世界観に入り込むために様々な顔を用意している。今作はそんな彼女の強みが最大限発揮された作品だろう。のんびりと過ごしたい休日のお供に最適な一本、かもしれない。

〜あとがき〜

Netflixの新作でプッシュされていた本作。なかなか観る時間がなく、ようやくの鑑賞となりました。まずは有村さんの演技が素晴らしかったこと、キャラクターの面々が誰もが魅力的だったことが好印象でした。

ただ、今泉作品としては普通だったかな、という印象ですね。この監督にはどこかほろ苦さとちょっとした日常を求めてしまいます。とはいえ、漫画原作としてはかなり健闘したのではないでしょうか。
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