カツマ

伯爵のカツマのレビュー・感想・評価

伯爵(2023年製作の映画)
3.9
燻んだ色に溶け込むように彼はいる。闇の奥から這い出るように、表舞台でその名を残し、独裁者の服を纏って飛んでいる。舞い降りた先に転がり出るのは死体の山々、血飛沫の池。醜き財産争奪戦の果てで、ギロチンの刃は誰の上に落ちるのか?伯爵は何も知らない。覚えていない。ましてや自分のことすらも。

今作はNetflix製作、チリの監督パブロ・ララインによる伝記も含めたダークファンタジーである。ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞を受賞、アカデミー賞の撮影賞にノミネートするなど高い評価を得ており、この面妖な作品は監督の個性を更に際立たせることになるだろう。撮影は全編モノクロ。タイトル『伯爵』から察せられる通り、主人公は吸血鬼である。2006年に没したチリの独裁者アウグスト・ピノチェトがもしも吸血鬼だったら?というぶっ飛んだ設定で、破綻しそうで破綻しないというギリギリのラインを狙ったかのような奇妙な一本である。

〜あらすじ〜

伯爵ことチリの独裁者アウグスト・ピノチェトは、実はフランス革命をその目で目撃した吸血鬼であり、もう200年以上も人の生き血を吸って生きている。伯爵は一度は自身の死を偽装するなど、長い人生を生きやすくするために小細工を施すも、いよいよ『狩り』を控えて老いてきた彼は、死んでもいいかもしれない、という心境になってきていた。
そこで彼の財産を目当てに俗物魂逞しい実子たちが、ワラワラと伯爵の屋敷に押しかけてきた。とはいえ、自分の財産をどこにやったかも覚えていない伯爵は、妻と子供らに財産の在処を探り当てればそれらを自由にしていいと投げやりに言い放つ。そこで遣わされたのが会計士の役割を担う修道女カルメンであった。美しいカルメンは資産の管理や汚職の調査などを一手に行う傍ら、何かを探しているようで・・。

〜見どころと感想〜

設定も破天荒だが、ストーリーはもっと突飛で、何でもありな世界線である。修道女が何故、資産の調査に乗り出すのかもよく分からないままガンガンストーリーが進むけれど、そのあたりのクエスチョンが残る暇もないほどに、次々と新しいぶっ飛び情報がもたらされ、訳が分からないままクライマックスに突入していく。登場人物の行動原理も比較的意味不明だが、あまり気にならない映画である。むしろ、よくぞここまでおかしな設定でまとめたな、という驚きの方が勝った。

キャストは主演のハイメ・パデルを中心に、アルフレード・カストロ、アントニア・セヘルスなど、監督の過去作に登場したことのある面子が多い。特に監督の初期の頃の作品『ポスト・モーテム』のメインキャストが再集結しており、また彼らは『NO』にも出演しているため、常連組と呼べそうである。またステラ・ゴネットという役者がとある役柄で登場してくる。そこもまたサプライズの一つだろう。

今作がアカデミー賞で撮影賞にノミネートしているのも納得。モノクロの映像を駆使したアーティなカットが頻発しており、特に空を飛ぶシーンは美しく印象的だ。そこにクラシック音楽を融合させ、悲劇的なほどの美を創出している。また、それなりに描写はグロいため、グロ耐性に自信がない人にはあまりお勧めではない。生々しい撮影技巧で仁義なき歴史の垢を舐め尽くす。たまにはこんな映画もあっていい。相当に個性的な一本であることは間違いないだろう。

〜あとがき〜

オスカーにノミネートしていた作品で配信で鑑賞可能なものを探していた結果、今作に辿り着くことになりました。パブロ・ララインは『ジャッキー』以来でしたが、今作の方が彼の強い灰汁が炸裂している印象で、作家主義が貫かれている作品でしょう。

そしてやはりモノクロでの撮影が素晴らしい。後半の空を飛ぶシーンが特にお気に入りでした。劇場未公開確実!みたいな作品が配信で観られるのもネトフリの有難いところ。作家主義の作品を今後も送り届けてほしいと願うばかりですね。
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