ヨーク

ウィッシュのヨークのレビュー・感想・評価

ウィッシュ(2023年製作の映画)
3.4
本作は予告編見たときから、どういう映画なのかよく分かんねぇなぁ~、願いを叶えるとか魔法がどうだかとかはともかく、肝心の主人公がどんな奴でどういう目標を持ってるのかが全然分からなく、ふわふわしすぎな予告編じゃねぇかなぁ~、と思ってたんですよね。でもまぁ初報だったらそんなもんだよなとも思っていたのだが、どうも上映直前の本予告になっても予告の内容が変わらずに依然としてどういう映画なのかよく分からない。そんなところへ一足先に公開された本国アメリカでは興行的にも厳しい出足になったとかで、おいおい大丈夫かよ…と思っていたんですが、結論から言うと大丈夫ではありませんでした。
いやでも一応言っとくと俺としては(おもしろ…!)ってなるシーンとかは結構随所にあったんですけどね、でも何ていうのかな、非常に感想文を書きにくいタイプの映画なんだけど、俺が面白いと思ったところはおそらく、ほぼ確実に制作側が意図した面白さの部分ではないと思うんだよね。だから面白かったのは事実だが、自信をもって面白い映画でした! とは言えない作品だったんですよ。そんな『ウィッシュ』でした。
そのズレの部分が具体的にどうだったのかは後で書くとしてまずはあらすじ。実は本作お話自体はシンプルかつ超が付くほど保守的なもので、ある意味ではまさにディズニーそのものといった感じ。100周年記念作品でここまでディズニーの精神を形にした映画を作り出したというのはある意味では驚異的とも言えるのだが、そのお話というのは地中海のとある島ではとある魔法使いが王様として国を治めていた。その国では18歳になると自らの願い(自分の人生における夢)を国王に差し出すのだという。国王は国民の夢を守り、定期的にそれらの願いをいくつか叶えているのだそう。主人公はそんな王の付き人だか弟子だかに志願して面接に行くのだが、そこで王と国民の願いの秘密を知ってしまい…というお話です。
まぁ平たく言えば良い人に思えた王様が実は国民の願いを一括して管理し、無害な願いだけを叶えて他の願いは封印ということにしていたわけですな。主人公は「そんなのおかしい!」と反発するわけだが、しかしこの時点では両者の言い分はどちらも分かるんですよ。国を運営する立場としては危険思想を持っているような人間の夢や願いを叶えると公共の福祉に反するというものがある。しかしその夢や願いというものが本当に他者に危機を及ぼすものなのかどうかは実現されなければ分からないし、その夢や願いが危険なものか否かを判断するのがお前の個人的な判断だけでいいのかよ、それは突き詰めれば優生思想にしかならないだろ、というのもある。ここは非常に答えを出すのが困難な部分で、ハッキリとした正解など出せないところだと思うんですよ。だからこそ主張の違う両者が互いの意見に耳を傾けてそのやり方にはこういう問題がある、いやしかしお前のやり方ではこの問題をクリアできない、とやらなければいけないと思うのだが、本作ではその辺の対話は全部すっ飛ばして主人公による革命と自分が作った国を守るために国の礎であるはずの国民を犠牲にしてでも主人公と戦うために狂っていく王の姿が描かれるのである。
ここのスピード感は凄かったね。もう導入以降は呆れながらずっと半笑いで(マジかよ…)って思いながら観ちゃったもん。しかもこともあろうにこの王様はかつて自分が住んでいた場所で戦争の影響なのか思想や宗教的なあれなのかは分からんが、とにかく迫害を受けて亡命し、流れ着いたのがこの地中海の島でここは自分の魔法の力を使って素晴らしい国にしようと誓いを立てた男らしいということが匂わされるんです。いやそれはもう作劇のパターンとしては、王様は国家の安寧のために支配的な体制を敷いていたけど国民のことは心底では思ってた人だったんだなぁ、ってなりそうじゃないですか。まぁここまで書いたらネタバレしてるようなもんだから続けて書くが、それもなかったからね。すげぇ適当に単なる悪役として処理されてましたから。いやそれは笑うよ。マジかよってなる。
そこで上記した制作側が意図した面白さとは別の面白さがあったという感想になるのだが、この王の姿および彼が作り上げた王国っていうのは現在のディズニーそのものだよなって思ったんですよね。要は、俺にとっては本作は無自覚な自己批判をしている映画のように観えたわけです。
人々から夢や願いを吸い上げて、その中から「この程度のものが大衆に相応しかろう」とか「愚かな民たちはこのような素晴らしい物語を見て正しさを学ぶべきだ」という傲慢さを持った作品を作り出す。俺はいわゆるポリコレのコンセプトとでも言うべきものには決して反対はしないけど、そこに社会のためではなく個人の判断という傲慢さが滲み出てくるようになったらダメだろうと思うんですよね。そうはならないための安全弁のようなシステムは不可欠なのに、本作の王国でも実際のディズニーでもそれは機能していなかったんだろうと思う。そこのリンクが非常に面白かったですね。
だってお話が進むにつれて王様がどんどん狂って暴君へと変貌していくんだけど、その時のミュージカルパートで「お前たちには失望した! 恩知らずの裏切り者どもが!」とか歌うんだよ。その歌詞はそのまんま全国の映画館がディズニーに言ってやりたいセリフだよ。でも多分制作側たるディズニーの偉い人たちの中にはその自覚は無かったであろうと思う。その自覚があればきっと王の末路は違ったものになったであろう。そこは面白いと同時に、割と真面目にこれディズニーもうダメなんじゃないかな…と思ってしまうところでもありましたね。
あとはあれだ、これも確実に無自覚ではあると思うが、悪役である王の出自とか国を失ったり亡命した者が寄り集まって作り上げた国っていうのはまるでイスラエルのようじゃないかとも思ってしまった。ただそうなると本作はどストレートにイスラエルを批判する作品になってしまうし、ディズニーにそんなことができるわけがないと俺は思っているのでこれもまぁ無自覚な部分なんだろうな。
とはいえ滅茶苦茶な展開や筋運びな映画ではあるのだが、そのエキセントリック、もしくは電波的とも言えるほど強引な物語の進行はやけくそ気味でありつつも面白かったと思う。お話自体はベタかつご都合主義なもののオンパレードなんだが、それと設定との噛み合わなさとかが得も言われぬ不協和音を醸し出していてどんどん明後日の方向に全力疾走していくんですよね。この感じはあれですよ、細田守の『バケモノの子』ですよ。あの映画の後半もトンデモにトンデモを掛け合わせたような展開でもう滅茶苦茶だったけど、滅茶苦茶であるが故に面白い部分もあった。本作もそういう映画でしたね。主人公のアナーキーな突貫振りは人としてどうなのかとは思うがキャラとしての面白さは凄い。いや、ここで言う面白いっていうのは決して褒めとして言っているわけではないのだが…!
まぁね、アレだよね。主人公と王様は両者真逆の方向を向きながらも滅茶苦茶キャラは立ってたからその辺は面白かったですけどね。でも真面目に観るならお前らがもうちょいまともに話し合えばこの映画30分で終わったと思うぞ、というところだし、本来はそうあるべきですよ。お互いに真面目に話し合いをする気はさらさらなくて、アイツ許せん! ぶっ殺す! でどこまでも突っ走っていくのは今の世界情勢を見ると非常にアイロニカルではあるが、まず意図してないからね、それ。
最後に、本作の王に対して「賢王だったのに主人公のせいで狂った!」とか言ってる人は俺は全員アホだと思ってます。上記したようにこの王が執っていた統治システムは最終的には優生思想を生むシステムでしかないし、事実作中でも自分がしてきた行為の露見を恐れた王は狂王になり果ててしまったのだから。ただ、国の統治システムというのものは不変のものではなくて変更可能なのだから、何度も書いているように主人公と王は対立ではなく和解すべきだったと思いますね。
あ、そうだ主人公自体はデザインもぶっ飛んだ性格も、そして何よりディズニーの技術が炸裂している演技(声ではなく動きの)の数々もめちゃかわいかったので若干甘い査定で本作は観ていました。そこは素直に良かったな。アーシャはかわいいし面白いですよ。王からしたらホントお前なぁ…ともなるだろうが!
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