櫻

エドワード・ヤンの恋愛時代 4K レストア版の櫻のレビュー・感想・評価

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わたしたちは迷路に迷いこむように日々を生きながら、たしかに行きつくべき場所へと向かっているのだった。社会というなにか大きなものの一部になるために、それぞれがいさんで役を演じきろうとした。急いでわかりやすさを身につけさせては、もっと複雑だったきみの愛おしい部分を隠して、へんてこなバランスで壊されそうなまま回っているのだと気がつく。年を大人と呼ばれるぶんだけ重ねても、不安も焦燥も消えていかなかったね。

生きているというそれだけで傷だらけになるのは、まったくちがうのに出会ってしまったきみと向き合おうとしたから。きみもわたしも、素直じゃないだけでやさしくて、たよりなくてずるくて、みっともないのにうつくしかった。その光は眩いから、暗がりでこそほんとうにひかったね。触れようとすれば火傷してしまい、もっとよく見ようと近くに寄れば目を細めるしかなくぼやけてしまう。ほんとうのきみのすべてではなかったけれど、わたしから見えたきみは眩くてきれいだった。

そう生きていると見失ってしまういちばん近い自分のこと。誰かをよく見ようとしていたのに、いつしか自分がよく見えなくなっていた。流れるようにして生きても、何度も同じ間違えをして転んでも、わたしはわたしでしかなったのに。どこにも属さない役割を剥いだひとりの人間としてのわたしは、思っているほど悪くないのかもしれないと気づくだろうか。何者でもないわたしと、またわたしが出会うとき、まっさきに抱きとめられる自分でいたい。みじめだったね、あいしている。
櫻