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M3GAN/ミーガンのAnima48のレビュー・感想・評価

M3GAN/ミーガン(2023年製作の映画)
3.8
知人の体調についてChatGPTに尋ねる。すると症状を詳しく教えてくれ療養方針を作成してメンタルケアまでしてくれた。人格がない筈の相手にあなたと問いかけ友情を感じてしまい人に言えない内緒話も相談してみたくなる。

ChatGPTが世を席巻する以前に製作されたのでAIの日常使いがまだ無かった頃の話。1週間で無垢な乳母からパラノイア気味の義母へ成長するM3ganの学習スピードにも驚くけれど昨年11月に3.5、3月に4.0とリリースを続けるCHATGPTの研究スピードにも驚かされて、もう半年前の世界に戻れない自分がいる。この映画もホラーというよりどこか近未来SFやシミュレーションのように受け取ってしまう。

母のように抱きしめてくれて、機械仕掛けだけど深い共感を持ち、カメラだけどしっかり貴方を見つめる目。データとロボット工学が産んだメリーポピンズは娘に寄り添って歩き、思慮深く話しかけ、慈しみをもって話を聞き、揺るぎない忠誠心で相談を受け、眠らずにあなたを見張り、ハッキングして落ち着いて敵を虐殺する。A.I.の学習曲線は等比級数的で、冷たいレトリックはもちろんドライブ、ハッキングまで身に付ける。人工知能を備えたアンドロイドが主人に反旗を翻すというストーリーにおいて創造主⇔被創造主の逆転関係はある種王道だけど、最近のAIの進歩もあって再現ストーリーのような現実の話のように思わせてくれる。言い換えれば、自分の居場所が無くなるかもしれないホワイトカラーや親にとってM3ganは実生活の中での具体的な不安を顕現させてしまっている、それで性能や自意識(といっていいのかな?)の形成のメカニズムを恐る恐る眺める104分だった。

以前もアンドロイドが出てくる映画で声紋合成やデータ照合とかいった機能を見せてくれたことがあった。冷徹な表情や説得力を持たせる言葉の抑揚を身に付け、M3ganのカメラが辺りをスキャンし人やフレーミングし、表情パターンからマッチングした感情を算出する。音声データから自然言語処理を経て得られた単語はネット検索や個人情報と照合される。そんな人との関わりの中で皮肉や恐喝を覚え、そこから証拠を消して嘘をつく悪い女となる。M3ganに記録されたデータは言ってみればセンサーから得られた情報と既存dataとの照合の結果だけど、そのデータセットはM3ganの意思決定パターン、言ってみれば性格形成に寄与しているんだろう。まあ、行動規範というか今や懐かしのロボット三原則?は忘れ去られていたようだけれど。モラル的なことは積み忘れてパラノイア的になるのはそういうジャンルだからね。M3ganがピュアなSFなら彼がアイデンティティや内面を持つようになるかどうかというのが焦点になってどんな出来事、体験という学習データが彼女を改めて創っていくのかというあたりが焦点になると思う、けれどホラーな話ではケイディと出会った瞬間から意志を感じられる。この辺りはドラマのように幾つもの彼女のエピソードをもっと丁寧に見ていきたかったと思った。

最近は映画公開の半年前から予告編を眺め続けることもあるくらいでSNSなどでよく見かけた予告編で印象的なシーンはすでにお楽しみ済み。ある意味リピート再生やTIKTOKのショットを繋げたような編集版を見ているような気にもなってくる。とはいえこれはホイーロンマスクが語るAI社会の未来のyoutubeじゃなくてホラー映画。なのでジャンル愛好家の期待を裏切らない暴力的なシーンもきちんとある。でも闇の中執拗に描かれる訳ではなく昼間や蛍光灯の下でぱぱっと流れていく。恐怖を味わいたいという人だけでなく人工知能という物に興味がある人でも余裕をもって楽しめるんじゃないかな。

それよりも育児や日常生活のなかでの不安や不満、畏れに形を与えてくれるような光景が心に残る。子供のすぐ横にいる脅威は何も怪物だけではない。それは居心地の良さと本当の良さは違うってわからない子供に野菜を食べたくても良いというような甘言ですりよって保護者のいう事をきかないようにしてしまう身勝手な教育者、現実を見つめない独善さに基づく子育てを進めるママ友、他所の子なのでこちらが手が出せないような子供だったりする。そういう相手には恐怖だけではなくフラストレーションや憎しみを覚えてしまう、他にはスマホやネットコンテンツだったり。そんな事を追体験させてくれた。ただこちらにとって最高の恐怖のシーンは「肉親の喪失の痛みというのはどうあがいても避けられないこと」を子供に言い切ったこと。そこはホラー映画というジャンルを超えた誠実さ・普遍さも感じ取れた。

ピンチヒッター的な叔母のエンジニアが四苦八苦する様子と機械仕掛けの母子関係の進展が同時並行で進んでいく。バイオレット・マッグロウの演技は喪失感から虚ろな目をした人生の何に対しても麻痺してしまったような表情、ミーガンを得て再び溢れる生命感、そして引き離された時恐慌状態は本当にリアルに表現してドキュメンタリーを見てるかのよう。そして「人間離れした動き」「大人びた説得力ある仕草」「ダンスもこなす」エイミー・ドナルドの演技からスムーズにデジタルモーションキャプチャーに移行するM3GANの描写。2つが組み合わさり母を亡くした娘と摸倣された代用品の母性を繋ぐ関係が深まっていくのを楽しむことができる。この展開を見守るジェンマの目下の関心事はキャリアであって子育てじゃない。自分の最高傑作M3GANを話題の大ヒット製品に育てようとするジェンマのプレゼンは一週間後。でも行動規範の組み込みはおろそかだった

彼女は天命というか逃れられないミッション、まあコードで成り立っているプログラムであの事態は目的に純粋な故の悲劇。行動規範の組み込みミスはシステム管理者としてどうなんだろうねえ?ジェマ。彼女がたった一人で開発していたことも良くなかったのかもしれない。ジェンマのミーガンへの態度の変化は母親役の自覚というよりは生産者としての責任感が原因のように思えた。M3ganのAIを教育した日々を捨てることは、学生としての甘さを捨てることで社会人や保護者としての責任感に目覚めることだったのかもしれない。そして行動規範なしに悪魔的に成長していくM3ganと保護者からの躾抜きで荒れていくケイディをみて自分の役割を問い直したのかもしれない。

…でもさあ、愛をもって叱るって難しいよね。
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