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君たちはどう生きるかのトルーパーcomのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.0
#君たちはどう生きるか
宮崎駿監督最新作。公開5日目の火曜日TOHO池袋DolbyATMOSで観賞。

公開前の宣伝を一切しないというプロモーションが話題になり、
観客は唯一の情報である例の鳥のポスターで大喜利をすることしかできないままで公開日を迎えた話題作。

3連休明けの平日昼間ですが、ほぼ満席状態でした。ノー宣伝ながら客入り的には順調なスタートをしている様子。


<以下、ネタバレあり感想>




◆宣伝をしないという宣伝
本作を語る上で、今回のプロモーション手法の是非については避けて通れないと思うので、その点を中心にレビューします。


予告編はもちろん、ストーリー/登場人物/舞台設定/世界観/声優陣etc
何もかもが伏せられた状態で公開日を迎えた本作。

SNSを中心にありとあらゆる情報が氾濫する現代社会にあって、本作の「情報統制/一切の宣伝をしないことが宣伝」という思い切ったプロモーション手法は、個人的には成功だったと思います。

興行収入を最大化するという点においての成否はまだ結果が出ていないので不明ですが、
少なくとも初見の観客が作品を楽しむ上では大きなプラスに働いていたと感じました。


◆映画が...始まった
いったいどんな話なのか?現代劇なのか時代劇なのか、ファンタジーなのかヒューマンドラマなのかはたまた自伝映画なのか?

唯一の情報は例の鳥人間だけ、だがしかし、あの鳥人間が主人公なのか悪役なのか、そもそも本編に登場するキャラクターなのか?
何もかもがわからない。リーク情報も一切なし。

ジブリの最新作だからハズレではないはず...
ただただその気持ちだけを持って劇場へ訪れた観客たち。

そんな観客で埋め尽くされた劇場で、いよいよ本作の上映が開始された。

木造家屋、二階の窓から見える燃え盛る炎、火事...火事だ。
ついにジブリの新作映画が...始まった!!

古い日本家屋...現代ではない話か...
でも...浴衣の少年が着替えた服は洋服...少なくとも明治時代以降...?
いや...彼の帽子...街の人々の服装...昭和初期か?
戦争?空襲か...!?
いや、火事、火事だと言っている...

みんなでバケツリレーで消火活動をして... まだ毎日空襲がきているような状況ではなさそう...第二次対戦初期くらい...!?

ゼロオブゼロ情報だった観客の脳に、一気に流れ込んでくる情報。

登場人物が物語の設定や心情を全部セリフでしゃべってしまうような映画/アニメが氾濫している昨今の邦画界。

しかし、情報に飢えている観客に対してはそんな安い手法をとる必要は一切ない。

「昭和十六年 春 東京」程度の字幕を添えることすらしなくてもよい。
人物の衣服/家屋/火事の際の消化活動の様子などを見せていくだけで、観客の脳にはどんどんと物語の設定/背景状況が流れ込んでくる。

「主人公の少年は『マヒト』か。
覚えておかなきゃマヒトマヒトマヒト」

数分後、転校先の黒板に書かれた「牧眞人」の文字。
「そうか、『眞人』と書いてマヒトなのか!」

映画内の細部の情報から、物語の設定がこんなにもスムースに脳内に流れ込んだ体験がいまだかつてあっただろうか?

映画を見慣れて訓練されている評論家/映画好きが無意識に行うような分析/思考が、一般の観客にも自然と発生するような感覚。

映画において、舞台設定や物語の背景は、画面上のありとあらゆる場所から伝わってくるのだという事実の再認識。

今、自分はジブリ映画を... いや、『映画』を観ているっっ!!

この体験は、数年も先にTVや配信や円盤で観賞した視聴者には訪れないであろう体験。

映画って... 映画館って...面白!


◆ジブリ的ファンタジー
その後、マヒト少年目線で進んでいく物語。
第二次対戦初期、都会から田舎に転校した良家の少年のお話。

そうか、今作は戦争映画なのだな。火垂るの墓的な、悲しい展開が待っているのかな...

そんな気持ちで映画を観ていると、突如現れる例の鳥。そして謎の建物。

例の鳥の中から現れる人の顔!
そしてちょっと不思議な、神隠し的な気配と見せかけて、一気に展開するジブリ的ファンタジー✨

ここは三途の川?死者の世界?
無数のペリカン
ペリカンを追い払う人物/彼女の手には炎を出す杖... 魔法!?魔法の世界っっ!!

この異世界のことを何も知らないのはマヒト少年だけではない。我々観客も主人公マヒトと同じように、突如広がる異世界に驚き、とまどい、不安になり...
助けにきたキリコを見て驚く。

この世界には柴咲コウもいるんだ...!
じゃなかった。
この世界には人間もいるんだ...!

異世界で、人間のキャラクターが現れるという、ただそれだけのことで、マヒトも観客も大いに安堵し次の冒険への好奇心が湧きあがる。

仮に、魔法を使う女性の姿や大量の鳥の映像などを事前に予告編で見てしまっていたなら、
我々観客は突如現れたこの異世界に対してたいした驚きも感動もしなかったことだろう。

驚いているのはマヒト少年だけ。

でも、それでは観客はマヒト少年の心に、物語に共感も感情移入もできない。

しかし、本作のノー宣伝手法によって、観客はマヒト少年と同じく、目の前の展開に驚き/笑い/感嘆することができたのだ。


観賞後に冷静になって振り返ってみると、
本作はまあジブリ映画ではよくあるような設定や物語や世界観ともいえるかもしれない。

だけど、この宣伝手法の影響で、
ファンタジー作品が本来的にもっているはずの驚き/興奮/不安などの魅力を最大限に堪能できたような気がする。

それはまるで、細かい設定など何も知らずに『となりのトトロ』を初めて観た子供のよう。

トトロやネコバスの出現に心の底から驚き興奮し、驚き興奮するメイの感情と一体化した、あの日のように。


というわけで、自分は今回のプロモーションについては成功だったのではないかなと思いました。

和風ファンタジー映画作品の魅力を満喫できた気がします。
初めてとなりのトトロを観たり、宮沢賢治の小説群を読んだ、幼い日のあの瞬間のような気持ちになれました。


◆その他
・おばあちゃんたち
湯婆婆/カンタのばあちゃん/ハウルの魔女?
ジブリのおばあちゃんたち大集合マルチバースみたいな使用人たちに笑った。

・インコ
たまらなく好き。シュールすぎて大好物
捕らえたマヒトの横で包丁研いでるやつが最高

・わらわら
すみっコぐらし的な。
あまりのあざと可愛さに、「これはまっくろくろすけの白い版みたいな感じでグッズ展開して儲けたいアレや!」とかちょっと思ってしまった。

・ペリカン
浮遊するわらわら群のところに飛来するペリカンの大群を見て、
「わらわらは精子的なアレで、このペリカンさんたちがコウノトリ的なアレで母親の母胎まで命を運ぶんだ!」とか思ってちょっと興奮した数秒後に片っ端から食いはじめたので吹いた
で、直後無慈悲に焼き尽くされていくの見て二度吹いた

・キリコさん
最後のサプライズ。
沈んでいってどこに行っちゃったのか、最初少し気になってたけれど、急展開する異世界感に驚いているうちに完全に忘れてしまってたので「おおー!」てなった。

観賞後冷静になってから、「でもあのビジュアルからわずか20年前後であんなに等身変わるのおかしくね?」とか思ってしまった。

・時代設定
「戦争の3年目」というセリフがあったので、たぶん1941年(昭和16年)設定ってことだよね??
※第二次対戦は1939年開9月1日開戦

調べたら宮崎駿監督は1941年生まれらしい。
なるほどー


◆スコア
★4.0で。繰り返し観たらまた感想変わるかもしれないけれど、少なくとも初見の今回は、例のプロモーションのおかげでけっこう楽しめました。

例の鳥人間があんなに最後まで登場し続けたのはちょっと意外だった。
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