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シネマ歌舞伎 唐茄子屋 不思議国之若旦那のtubameのレビュー・感想・評価

3.9
放蕩三昧で勘当された若旦那がひょんなことから唐茄子(カボチャ)売りになり、やがてめくるめく不思議な世界へ...。
宮藤官九郎作・演出の令和四年舞台作品を映像化したもの。


まさにクドカンワールドという印象の一本。ガチャガチャした画ヅラ、くどいギャグの応酬、いい人でも悪い人でもないクセのある生の登場人物たち...。TVや映画で慣れ親しんできた宮藤官九郎作品のエッセンスがそこかしこに充満している。冒頭、荒川良々の登場から始まる時点でクドカンファンとしてはキター!って感じだった(歌舞伎の世界にも結構馴染んでるのが面白い)。
不思議の国を模したパートが作品の中心なのかと思いきや、全然そんなことはなく。歌舞伎的(というより落語的)な人情味あるいいシーンもあったり、一方ではいい意味でくだらないナンセンスな会話の応酬もあったりと、とにかくやりたいものを詰めこんだって感じだった。でもそんなごった煮でも一つの作品として仕上がっているのだから流石だ。


みっともないところ、情けないところを晒して生きていくんだ。それが生きるということなんだ、というメッセージはグッときた。
途中で登場するお仲が象徴的で、これ普通の歌舞伎だったら若旦那・徳と恋愛が発生するんじゃないかな。でもあくまでお仲は若旦那にとって不憫に思い、助けたいと思った他人でしかない。
それは本作の狙いが仲間意識からなる隣人愛だからだ。あなたの周りの人もみんな苦労して色んな気持ちを抱えている、苦労や情けなさの内容は違ってもあなたの周りにはそういう頑張っている人が沢山いるんだよということ。今まで自分の外にあった世界を真に知った時、若旦那の優しさが溢れる美しさ(別にこれでいいやつになったわけではないのが肝。元々若旦那の中にも存在していた思い遣りが表出しただけである)。


メッセージ性・社会性の高さという意味では前回演出した「大江戸りびんぐでっど」の方が上かな。ただそちらがヒリヒリするような刺激があったのに較べて、本作はまろやかで柔らかく人の心に寄り添う作風でこれはこれで好き。
コロナ禍の自粛が緩和されての上演時期ということもあり、芝居が出来る喜びを感じる賑やかで明るい作品だった(飯の種にならないことばかりが得意という若旦那が「それって不要不急っていうんですよ」と返す下りなどエッジが効いていて面白い)。


喋るカエルも怠惰で楽しいことが好きな観客の化身のような気もするし、タイトルの不思議の国は勘当された日常パートも含めてのことだったんだとも思っている。苦労を知らず生きていた若旦那にとっては全てが不思議の国だったのだ。

自己愛強めだけど愛嬌たっぷりで憎めない勘九郎さんの若旦那に元気を貰った。
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