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坂東玉三郎 日本橋のtubameのレビュー・感想・評価

坂東玉三郎 日本橋(2014年製作の映画)
3.5
2012年の舞台を映像化した作品。
泉鏡花シリーズとしてシネマ歌舞伎の枠での上映だが、正確には歌舞伎ではない(これのみグランドシネマと銘打たれている)。
玉三郎さんの相手役が今年配信で観たばかりの「仮面ライダー龍騎」に出演されていた松田悟志さんと知って気になり観賞。
他にも俳優・女優が多数出演しており、印象としては新派公演に近いかも(そう言えば前に観た新派も泉鏡花作品だった)。


大筋は花柳界を舞台に清廉な芸者・清葉(高橋惠子)と、清葉に振られた医者の葛木(松田悟志)、葛木を自分の男にした姐御肌の芸者・お孝(玉三郎)という男女の三角関係(実際には熊という男も絡む)を描いたもので、泉鏡花の中では写実的で理解しやすい内容。
玉三郎さん・高橋惠子さんが麗しいのは勿論、今回鑑賞の動機だった松田悟志さんが大先輩に負けない素晴らしさだったのが嬉しい。声も立ち姿もとても舞台映えするタイプだと感じた。
派手な物語ではないが、繊細な心のやり取りが印象的でじわりと染み入る作品だった。

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ここからは物語の中身について、自分なりの解釈を。ネタバレを大いに含むので、閲覧は注意されたし。
(※古典の舞台は結末を知った上で鑑賞するのが主流のため、敢えてネタバレ機能は使用しません)


この作品の面白い点は、主役ではない清葉が人間関係の中心にいることだ。
葛木は清葉に振られたのがきっかけでお孝と付き合うし、お孝に執着しつきまとう男・熊も元は清葉に振られた男である。お孝も熊の言葉によると清葉が振った男ばかりを拾って付き合っている女だという。
清葉はそれと知らずに他人の人生を翻弄する謂わば無意識のファムファタル。
お孝は男たちにとっては手に入らない清葉の身代わりだが、一方でお孝自身も内心清葉(の清廉さのようなもの)に憧憬の気持ちがあるように思う。葛木が去って見る影もなく精神的に病んでしまった姿をみるに、彼女は本来弱く鬱々とした不安定な気持ちを持った人間だったのではと思えてならない。
気っ風がいい姐御な性格も清葉を意識して生み出された正反対の人格なのではないか。それは考え過ぎだろうか。

葛木が清葉に想いを寄せていた理由が、行方不明の姉の姿を彼女に重ねているからということも非常に複雑だ。つまり葛木が仮に清葉と結ばれたとしても、姉の面影を追っているのだから本当に欲しいものは手に入らないのだ。
お孝は葛木に大してだけ他の男にない執着心を抱くが、それは単なる彼への愛というだけでなく葛木の「絶対に叶わない恋」を美しく思い共鳴しているように思う。お孝の場合も、追い求める清葉なるもの(崇高さのようなもの)は清葉本人ががいる限りは手に入ることがない(=本人がいる限りは二番手にしかならない)からである。
そうした構造をベースに男の矜持と女の意地が絡み合うのが面白い。
お孝の裏切りが許せず現世を捨てようとする葛木、葛木の幻影を抱いて狂っていくお孝、お孝への憎悪が抑えられない熊...
もがき苦しみ闇を纏う者たちの横で、熊を追ってきた娘を助けて大切に育て、お孝を気遣う清葉だけが美しく毅然として輝いている。
清葉の輝きは命が尽きようとするお孝の目には眩しすぎるほどだったろう。一番大切な葛木を、憧れてもなれなかった彼女に託すお孝の姿がじーんと心に沁みいるラストだった。
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