ラウぺ

コット、はじまりの夏のラウぺのレビュー・感想・評価

コット、はじまりの夏(2022年製作の映画)
4.3
1980年代初頭のアイルランド、田舎で子だくさんの家族の末っ子コットは母が出産する夏のあいだ、親戚であるアイリンとショーンの夫婦のもとに預けられることになった。母はいつも疲れていて、父は貧乏のうえに常にイライラしてコットを邪魔者扱いしている。挨拶もそこそこに嫌味を言って帰っていく父。一人残されたコットだったが、次第に家族の温もりを感じる生活に馴染んでいく・・・

末っ子のコットは家でも学校でも無口でちょっとどんくさい感じ。
引っ込み思案で自分を表現する術をまだ心得ていない様子で、それは生活に疲れた感じの母と貧乏のせいか全てに余裕のなさそうな父の様子、意地悪そうな上の姉たちなど、決して幸せとはいえない家庭環境のせいにも見える。
預けられたアイリンとショーンの夫婦も、アイリンは優しく接してくれたが、ショーンはどことなく余所余所しい。

描写は抑制的で、預けらたコットの様子を淡々と描写していきますが、最初はコットの家庭の荒んだ様子と、この抑えたトーンのおかげでどことなく寒々しい印象を覚え、起伏を抑えた物語運びのおかげで少々退屈な印象を覚えます。
ところが、田舎の落ち着いた生活の中に、コットの実家にはない平穏と、アイリンとショーン夫婦の大人な生活様式に慣れてくるに従って、コットの様子が次第に打ち解けたものに変化していきます。
はじめは余所余所しかったショーンも、コットに次第に心を開くようになっていく。
説明的な描写がないせいで、最初は詳しく分らなかったアイリンとショーン夫婦の背景や過去が次第に明らかになっていき、コットが実家では体験できなかった暮らしに慣れていく様子が、次第に物語の中に引き込まれていくのです。

やがて、母に子どもが生まれ、コットが実家に戻るときがやってくる。
はじめより感情表現が僅かに豊かになったコット、お互いに離れがたい気持ちが滲む様子。
あの家にまた戻るのか?と思うと観ている方もなんだか憂鬱な気分が充満してくるのですが・・・
後はぜひ劇場で見届けていただければと思います。

心の奥底に抑えてきたものが一気に解放されるような、なんともいえない瞬間が、この作品を一生心に刻む大切な作品に出逢えた、と確信に変わるのでした。
ラウぺ

ラウぺ