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アダマン号に乗ってのMoviePANDAのレビュー・感想・評価

アダマン号に乗って(2022年製作の映画)
3.6
『 ゆり、ゆられ 』

“みんな違ってみんな良い。
パリ、セーヌ川に浮かぶ奇跡のような船〈アダマン〉”
今年2月、第73回ベルリン国際映画祭。華々しい作品群の中から金熊賞《最高賞》に選ばれたのは、ある1本のドキュメンタリー映画でした。

監督は、世界的大ヒット作『ぼくの好きな先生』(02)で知られる現代ドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベール監督。多様性が叫ばれるずっと前から、社会的マイノリティとされる存在や価値が共存する事を淡々と優しい眼差しで捉え続けてきた監督です。「人間的なものを映画的に、深いレベルで表現している」と賞賛された本作は、金熊賞受賞の大きな反響を受け25カ国以上での公開が決定!日本でも時期を繰り上げ緊急公開される事となりました。そして今回、うれしくもそんな本作を一足先に拝見させていただく機会を賜りました。

その船、アダマン号はユニークなデイケアセンター。精神疾患のある人々を無料で迎え入れ、創造的な活動を通じて社会と再びつながりを持てるようサポートしています。この船では誰もが表情豊か!即興ライブでロックを熱唱したり、ワークショップで色とりどりの絵を描いたり、カフェではレジ打ちをしてお客さんのお気に入りのカップにコーヒーを淹れたりしてます。

今、精神科医療の世界に押し寄せる均一化・非人間化の波。それに抗い、共感的なメンタルケアを貫くこの場所を、監督は「奇跡」だと言います。アダマンでの日々をそっと見つめる眼差しは、人々の語らう言葉や表情の奥に隠されたその人そのものに触れていきます。そして、深刻な心の問題やトラウマを抱えた人々にも、素晴らしい創造性があり、お互いの違いを認め共に生きることの豊かさを観るものに伝えてくれます。

ボクは今まで、映画を観るという事に「日常を忘れ楽しめる一時(ひととき)の娯楽性」を求めてきました。そして、それはこれからも変わらないと思います。ただ、家族を持ち、この先も守っていくにあたり、自身をより良い方へ更新するという視点も加わった様に思います。今回この映画を観て、自身にはまだまだ偏見的な物事の見方があると痛感しました。その点、またひとつ良い更新があったとも感じています。

映画は淡々と、またとても静かに時が流れていく構成の為、観る方によってはやや退屈と感じるかもしれません。ただ、この本来流れる時間は倍速再生時代の今忘れかけた自然由来のもの。また「ここに来たのは病気の謎を楽しんで解明する為」と答えるユーモアには素敵なスマートさを感じました。

その淡々とした中にも、最終的には「相互理解」と「対話の重要性」といった主題が感じられ、ただそれはこの人達が特別だからでなく、我々と変わらない同士だからという事を逆説的に立ち上がらせる監督の手腕はお見事。一方的なレッテルは、マクロミクロ問わずどの世界にもある偏見。他者への指摘の前に、まず自らの見直しを!

“大切なのは余白をもつこと。
余白がなければどこからイメージが湧く?”
フェルナン・ドゥリニィ
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