ラウぺ

ビヨンド・ユートピア 脱北のラウぺのレビュー・感想・評価

4.0
韓国で脱北を支援するキム牧師のところに脱北したものの中国で立ち往生しているという5人家族の情報が入る。80代の老婆と幼い子ども2人という悪条件のなか、ブローカーに資金を渡す手配からベトナム、ラオスを経てタイに逃れる様子を追うドキュメンタリー。

世界で最も劣悪な独裁国家である北朝鮮からの脱北は、周辺の共産圏国家で警察に捕まると北朝鮮に強制送還となり、送還されると処刑か強制収容所送りとなる。
なので、中国に出てからも大変な苦労をして親西側国家までたどり着く必要があるわけですが、北朝鮮国内や中国国内のブローカーや周辺国にネットワークを持つキム牧師は、妻が元脱北者であることなど、そのスジのプロでしか分からない脱北の困難を皮膚感覚で理解しており、それが随所に伝わる映像からも、やはり脱北が簡単に成功しないという恐るべき現実を目の当たりにすることになります。

ブローカーといっても単純な善意から脱北を手助けしているわけではなくて、そのリスクに釣り合うだけの金銭のやり取りは必須で、今回のように老婆や子どもを伴う場合は基本的に取り扱いたがらないらしい。
北朝鮮の国境警備隊は裏切り者である脱北者を阻止すると褒章が出るとのことで、脱北するものを容赦なく撃つとのこと。
一家の脱北の模様の合間に挿入される北朝鮮内での恐るべき現実のエピソードは基本的には良く知られた話といえますが、改めてこうして紹介されると、北朝鮮国内で家畜のように労役に就き、仲間の密告におびえながら粗食に甘んじて生き続けるよりは脱北を選ぶのも当然だという気がします。

映画では上記の5人の他に1人で脱北した母親が北朝鮮に残る息子を脱北させようとする様子も紹介していますが、これがなかなか実現に至らない。
家族に脱北者が居るというだけで追放(=収容所送り)となったり、仲間内から蔑みの目で見られたりすることは、当局が脱北という行為に恐怖心を植え付け、それを防止するためにあらゆる手段を尽くしていることが分かります。

北朝鮮が史上最悪の非民主的国家であることは疑う余地はありませんが、識者の談話の中に唯一近いのはナチスだ、というような話が出てきます。
最悪というレベルでの比較において、確かに両者は似たようなものだと思いますが、ナチスはアーリア人たる“民族同胞”には優遇を与え、それから外れるユダヤ人をはじめとする人々を迫害した。これはまさしくジェノサイドそのもの。
対して北朝鮮は排除されるのはまさに“民族同胞”の中の異端分子であり、独裁の弊害となる要素を除外するための最悪の手段のひとつといえます。
北朝鮮の独裁のもっとも特徴的なところは単なる共産主義独裁国家という概念を通り越して、キム一族の世襲による国家の完全な私物化を目指しているところにあり、これは近代国家ではなく、近世以前の、ほとんどおとぎ話に出てくるような王様による国家の完全な支配というべきところ。
民族浄化と世界支配というドグマの実現を目指すナチスはその点で反社会的とはいえ、ひとつのロジックによって国家(それに加えて世界も)を掌握しようとしていたのであり、それすらも超越した純粋なまでの独占を目指す北朝鮮とはまるで似て非なる独裁の形態といえます。
上記の識者の言葉は、あくまで最悪のレベルの比較という単純な話でのみ通用するという点は留意しなければならないでしょう。
なので、安直に「北朝鮮はナチスドイツと同じ」などと言うのは控えなければならない。

映画の中で脱北の二つの事例を紹介しながら、その困難さを実感することが出来るのが、この映画の最大のポイントなのですが、その困難さを知ると、その陰でどれほどの人が脱北に失敗したり、その手段がないか、チャンスが巡ってこなくて脱北出来ないでいるのかを考えると、暗澹たる思いに駆られるのです。
こうしたことが世界のなかで“主権国家”であるというある種の免罪符によって放置され、結果的に独裁が守られている、という問題は非常に重い課題として考えなければならないところだと思います。
ラウぺ

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