あーさん

キリエのうたのあーさんのネタバレレビュー・内容・結末

キリエのうた(2023年製作の映画)
-

このレビューはネタバレを含みます

幾つかの偶然が重なった。

少し前、たまたま岩井俊二監督に密着したドキュメンタリー番組を観た。
なぜ今、岩井監督は今作を撮ったのか?
その問いに対するヒントがそこにはあった。
仙台出身の監督が東日本大震災チャリティーソングの歌詞を手がけた花は咲くプロジェクト、未完の短篇小説「フルマラソン」に始まって、10年余りかけて岩井監督の中に育った感情。
そして、3年前に亡くなった大林宣彦監督から託された大きな大きな岩井監督へのメッセージ。
彼は、今作をもってどんな形でその答えを出すのか?とても興味が湧いた。

それから、奇しくも私が今趣味のコーラスで歌っている曲が"Kirye"(キリエ)を始めとするミサ曲。
自分はクリスチャンではないけれど讃美歌やゴスペルは好きだし、ハーモニーは美しく歌っていて気持ちがいい。
でも、、キリエ=憐れみの賛歌とは?どんな心持ちで歌えばいいの?
私の中で'知りたい' '掴みたい'そんな気持ちが芽生えていた。

先週のとある日、予約ができない美容院に繰り出すもあいにくの定休日…。せっかく電車に乗り継いで来たのに…とがっかりしていたら、ちょうど何駅か先の劇場で2時間後に今作がかかっていると知る。自宅近くの劇場では、もう朝早いか夜遅いか観に行きづらい時間帯になっていた。
もしかすると、これは運命⁈

半ば導かれるように、私は今作を観た。


主人公キリエ(アイナ・ジ・エンド)の歌声は、私が岩井監督作の中で一番好きな"スワロウテイル"のグリコ(Chara)に似ていると思った。岩井監督が惚れ込んだのもわかる。
だけど、グリコの歌は生命力に溢れた不思議な陽の魅力があると同時にしたたかだった。心の奥底から絞り出すようなキリエの歌は、切なくて放って置けないような寄るべなさがある。同じようにハスキーだけれど、印象がかなり違う。でも、どちらも人を惹きつけてやまないのは同じだった。

ある意味繊細な震災を作品の真ん中に置く事は、生半可な気持ちではできないと普通なら躊躇するだろう。岩井監督はそれを百も承知で、今回それでもやはり踏み出したかったのだと思った。フィクションの中にノンフィクションを取り入れること、それは監督が今までにはしてこなかったやり方だ。

震災で受けた傷は人によって全然違うから、一括りにはできないけれど。
でも、命は助かったとしても何かしらの影響を受けて、キリエ(るか)、いっこ、夏彦のようにそれ以前と全く違う人生を強いられた人の数は、想像以上に多いのだろうなと改めて気づく。
こんなはずじゃなかった、と。

キリエ(るか)の過酷な運命。
天涯孤独の言葉の重さ。
歌だけを頼りに生きてきた。
小学生の彼女が教会で見せた、祈るような儚げな瞳が忘れられない。。

いっこだって、あのまま学生でいられたら。
あんな風に堕ちていくことはなかったかもしれない。

夏彦の痛み、苦しみ、後悔。
キリエとの共依存のような関係。
憐れみの歌を一番必要としているのは、彼なのではないだろうか。(そしてそれは、おそらく夏彦に自分を重ねた岩井監督自身の姿…)

そして、キリエを背負ったるかが、るかでいられる日はこれから先来るのだろうか?

それでも、ラストシーンのキリエ(るか)の姿は、ここから何かが始まる予感に満ちていて、大きな希望を感じた。

監督が一番伝えたかったこと、どんなに悲しく苦しい事があっても"今ここを歩く"という事が私たちにできる唯一のこと。
そんなシンプルな事だけが、生きていく道標になってくれるんだ、と強く強く感じて、導かれて観て良かった…と心から思った。

岩井監督自身に捧げられたキリエの歌だったけれど、すべての傷ついた(誰かを傷つけた)人々への憐れみの歌でもあった。


Kyrie eleison.(主よ、憐みたまえ)






MEMO(キャストについて)

キリエとるか
アイナ・ジ・エンドは掴みどころがない。
可愛く見えたり見えなかったり。計算とかじゃなくて、ずっと動物的な本能とか勘で動いているように見えた。唯一無二。歌い方が尾崎世界観に見える瞬間があった。演じ分けもちゃんとできていたんじゃないかな。
彼女は根っからのアーティストだと思った。

いっこ(広瀬すず)
とにかく綺麗。一見何を考えているかわからなくて冷たく思えるけれど、とんでもないポテンシャルを秘めている。広瀬すずはいつも器用だなと思う。器用が故の薄幸感も持ち合わせている。ラストレターから岩井組に参加。ラストシーンの美しさ(白い衣装と青い花)に息を呑んだ。

夏彦(松村北斗)
岩井俊二監督の世界に自分は入っていいのか?なんてインタビューで話していたけれど、監督が自分の分身と思える程見込んだのだから、間違いはない。演技も入り込み方も良かった。彼はいいとこのお坊ちゃんがよく似合う。優しいけれど優柔不断で弱く、ずるいところも。

黒木華
あの先生の立ち位置はちょっと微妙、、だったかも?
"4人の男女の…"とあらすじやキャッチコピーにまとめるには、少し彼女のキャラクターが弱かったなぁ。。
でも、さすが関西弁は完璧!
"リップヴァンウィンクルの花嫁"も観なくては。

いっこの母親(奥菜恵)
元祖 岩井監督のミューズ。広瀬すずのお母さん役のスナックのママがばっちりハマっていた。が、あんなに美少女だったのに、時の流れには抗えないな。。(敢えてのメイクと演技なのか💦)

加寿彦(江口洋介)
夏彦の伯父役。こちらも夏彦に寄せてる〜キャンベルさんはパートナーだったのか!(後で気づく)この方はスワロウテイルでガッツリ岩井組!

風琴(村上虹郎)
バイプレーヤー賞はこの人!
何だろう、この存在感、重量感。ミュージシャンの役は、言わずもがなの適役♪
そう言えば、松村北斗とは朝ドラ(カムカムエブリバディ)で兄弟だった。あの役もとても良かったけれど、キリエをさりげなくアシストするギタリスト役をカッチリはめてくる感じ、プロフェッショナル!

弾き語りおじさん(七尾旅人)
いや出てるって聞いてたけど、、これホンマにナチュラルすぎて!ギターの音も声もまんま旅人節!音楽好きにはたまらないサービス♪おチビな るかとの歌の掛け合い、楽しかった。そして、切なかった。。

大塚愛 安藤裕子
これは気づかなかった。。
誰かなぁ?とは思ったけど、まさか!
どこに出ているか、探して下さい。

粗品
何で?そんなしたり顔で、、笑 と思ったら、彼は最近音楽活動もしているのだとか。
なるほどね!そういうことか〜



音楽映画らしいキャスト陣、大いに楽しませてもらったし、意外な人があちこちに散りばめられていたから長さも気にならず重くなりすぎず、岩井監督らしい作品に仕上がっていたと思う。
天国で大林監督も楽しんでくれてるんじゃないかな??
きっと及第点、、いやいや満点つけてくれてるはず!!

私はこの世界観、好きでした😊




最後に、、
亡くなる3ヶ月前、尾道へ移動する車中で横たわったまま大林宣彦監督が呟いた岩井俊二監督へのメッセージを記しておきます。

こいつ、死ぬ気だな
岩井俊二は表現者として死ぬ気だな
記憶の中に 現実の記録の中に
自分をうずもらせることで
忘れないで 忘れないことに努めようね
それが人間の生き続ける 愛し続ける
思い続ける 賢さを見せる 見せうる
ほんのわずかなチャンスかもしれない
人として人間として 君を信じているぞ
あーさん

あーさん