Ricola

PERFECT DAYSのRicolaのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.5
よく聞く「丁寧な暮らし」とは一体何なんだろうか。そういう風に表するのは自由であるが、その本質をこの作品で観た気がする。
近所の女性がホウキで落ち葉掃除をしている。その音で目覚める。カセットテープで音楽を聞き、フィルムカメラで写真を撮る。畳の掃除も濡らして丸めた新聞紙を散らばらせてホウキで掃く。
この作品の主人公の平山という清掃員のこうした暮らしこそ、単に懐古主義的というよりも自分の感覚に沿って生きているという点で「丁寧な」暮らしをしていると言えるのだと思う。

小さなものに幸せを見出す平山の生き方と古いものと新しいものが交差して世界が進んでいくことが、切なさと美しさを帯びたものとして描かれる。


平山の眼差しが印象深い。仕事に向かうために玄関を出て毎朝空を見上げる。晴れていても曇り空でも、彼は毎日なぜか納得したような表情をする。
彼は日常に埋もれた幸せを見つけるのが得意だ。子供とのやり取り、いつも公園で見かけるホームレスのおじさんの踊り、神社の「森」でランチ中にいつも隣のベンチに座っている女性、見知らぬ人との「文通」、行きつけの居酒屋で野球観戦に熱が入るお客さん、銭湯でしか顔を合わせない常連のおじいさんなど…。特に会話を交わすわけでもないが、1回限りもしくはその場だけの出会いに彼は微笑み感謝する。
人だけではなく、彼は自然にも街にもすべてのものから楽しいもの・心が動くものを逃さない。毎日のように観察する木々と葉の揺らぎだって、いつも同じようで実は違う。公衆トイレの天井に映る青や赤の光の幻想的な交わり、夜の川に映る街の灯の揺れ。当たり前のようにそこにあるかもしれないけれど、それらの美しさと儚さを彼は知っている。

デジタル社会とはかけ離れた生活をする平山と対照的なのが、姪のニコである。Spotifyさえ知らない伯父に、ニコはつい笑ってしまう。でも彼女は、伯父のひとつひとつ丁寧に向き合う姿勢に共感を増やしていく。世界はひとつだけど、それぞれ違う世界があって、それらはバラバラだということ。悲しい事実だが、それでいいじゃないか。自分自身と周囲がせめて守られていれば…。

平山の夢の中は、自分の撮った写真のようにモノクロで構成されている。その日見たものや木漏れ日、水の流れのような影が重なり合う。葉の葉脈まで綺麗に透けて見える場合もあれば、完全なシルエットとして浮かび上がる場合もある。
「影は重なると濃くなる」という台詞が作中にあるように、目にしたものひとつひとつ、その日の出来事などの記憶を整理するための眠るという行為の中で、掠れたようなフィルムが重なる曖昧な映像が変化をもって繰り返されることで、平山の日常の一瞬一瞬が彼にとって愛おしくかけがえのないものであり、それらが彼の脳に、心に、しっかり定着するように、折り重なった映像や静止画を通して無意識のうちに彼の心も毎日を振り返っているのだ。

毎日同じことの繰り返しのようで、全く違う。たしかに平山はルーティンをこなしているが、彼の不可抗力で起こる出来事や他人の介入は、驚きやときめき、さらなる幸せをももたらしうる。なぜなら平山はすべてを受け止めて物事の良い面を見ようとするから。何か大きなことを成し遂げること以上に、まず目の前のことを全うすることが毎日を「完璧」にするものなのだろう。
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