Ricola

枯れ葉のRicolaのレビュー・感想・評価

枯れ葉(2023年製作の映画)
4.2
職を失うこともお金がないことももちろん不幸だけど、心だけが貧しくないことが不幸中の幸いどころか、希望の道筋となる。
久しぶりに帰ってきたカウリスマキは、いい意味で変わっていなかった。
現代社会は進歩し続けているようでも、戦争や災害なども相まって人々の心は荒んだままである。うずくまって立ち上がれなくなりそうな人々に、カウリスマキは優しく手を差し伸べてくれる。


主人公のアルサはすぐに諦めて捨ててしまっていた。それは食べ物だけではなく、自分の仕事、そして社会に対してもそうである。

正直、世の中嫌なことや悲しいことばかり。それは自分自身や自分に直接的に関わる身の回りのことだけでなく世界もそう。無表情のままうつむいたり、お酒を飲んで忘れるしかないのかもしれない。でも、
カラオケバーでたくさんの人の前で歌を披露して歌声に自信満々の友人の発言は空気を読まないものだけど、それがかえってプラスに働く。とんでもない悲惨なことが起こっても、すぐにジョークや皮肉を発する。そのおかげで、我々観客は人生で起こりうる数々の不幸が、この作品ではそこまで重々しく乗りかかってこないのだろうか。

それから、寡黙な登場人物たちに代わって説明してくれるのは、やはり劇中に流れる歌である。何も発さず無表情のまま見つめる人々も、見守っているように見えるのは、カウリスマキの作り出す作品の雰囲気のおかげであるようだ。
上映後トークにて、使われた音楽の年代は様々であり、どの時代の物語かというのを縛られないと話していたが、たしかにこの物語自体が過去なのか現代なのかわからなくなる。また、その時代感覚が狂うという点において少し視点をずらして言及したいことがある。ロシアのウクライナ侵攻など現代の世界情勢について触れている一方で、登場人物たちはスマホやPCを使いこなさずラジオに耳を傾ける。

トークでアルサを演じたアルマ・ポウスティが映画の神々への目配せがあると話していたが、それはカウリスマキが敬愛する小津安二郎のように、小物の位置や色を完璧にするだけではなく、もっと単純に画面にあらわれていると感じた。映画館デートで観る作品はもちろんのこと、その映画館の入り口や外に貼られている名作映画のポスターの数々。ヌーヴェル・ヴァーグ作品が特に目を引いた。

こんな救いようのない世の中でも、人の優しさと愛だけは不変のものだと、暑苦しく語ることなくさらっとそう感じさせてくれる。それがカウリスマキの優しさとユーモアである。

おかえりなさい、カウリスマキ。
ありがとう、カウリスマキ。
Ricola

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