マティス

ナポレオンのマティスのレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
3.5
リドリー・スコットにしか撮れないもの


 80歳を超えたリドリー・スコットが数年をかけて撮った作品というので、期待して観に行った。彼はつくづく映像職人なんだなぁとあらためて思った。

 王政を葬り去ったフランス国民が、ナポレオンが皇帝に就くのを何故熱烈に支持したのかに興味があったし、彼の閣僚でタレイランの人物像にすごく興味があったので、3時間近くあればそんなことも垣間見れるかなと期待していたが、期待は裏切られた。ナポレオンが戴冠式に臨む前に、彼の人間的な魅力をもう少し描いて欲しかったというのは、私の個人的な希望だったけど。
 上映時間の多くは、戦闘シーンとジョセフィーヌとのやり取りに費やされた。アウステルリッツの会戦で、退却中の敵兵が氷が割れて溺れるシーンをあんなに長々流す必要はなかったが、それが映像としての見せ場だったのだろう。ナポレオンとジョセフィーヌの関係にフォーカスしたこの作品では、このような流れになるのも仕方がないのだろう。

 リドリー・スコットは、誰も見たことがないものを見せることができる監督だ。観客の想像以上のものを見せてくれる。「エイリアン」や「ブレードランナー」はその最たるものだ。SFは彼の能力がいかんなく発揮されるジャンルだと思う。 
 一方でいわゆるヒューマンドラマと呼ばれるジャンルはどうだろうか。私は彼の作品の中でヒューマンドラマに区分される作品をあまり観ていないので、何か言える立場ではないが、「グラディエーター」などがそうだと思うが、作品の出来栄えは、監督の手腕よりも脚本の出来次第という気がする。その意味では、「ブレードランナー2049」は1作目よりもテーマをより深く人間とは何か、自分はどういう存在かという方向に振ったために、監督がドゥニ・ヴィルヌーヴになったとも考えられる。1作目がSF映画の金字塔になったのは、リドリー・スコットの映像美とハンプトン・ファンチャーの脚本が、あり得ないぐらいの偶然で融合したからだと思う。

 これらのことは、リドリー・スコットを批判して言っているのではない。誰しも得手不得手があるのは当たり前だ。得意なものにさらに磨きをかけたらよいと思う。時間があまりないのに、苦手なものに手を付ける必要はない。

 「最後の決闘裁判」も力作だった。あの作品を観た時は、彼は「グラディエーター」も撮ったし、また歴史物が撮りたくなったのかなぐらいの感想だったが、この「ナポレオン」を観て、彼はアカデミー賞にこだわっているのかなと邪推してしまった。
 彼が今までアカデミー賞を獲っていないのはたしかに不思議だ。でも、エンニオ・モリコーネもずっと縁がなかったし、ワインスタインのミラマックスに賞をあげるようなアカデミー賞なんか別に気にする必要はない。リドリー・スコットがアカデミー賞を意識しているなんて言っているわけではないけど。

 クリストファー・ノーランにも同じような危うさを感じる。「ダンケルク」は私には期待外れだった。なぜ彼がこんな作品を撮ったのだろうとその当時思った。その意味で次の「オッペンハイマー」には興味が湧く。 

 アメリカの大統領は、自分の任期が終わりを迎える前に、レガシーを残そうとして無理をするという話を聞くが、リドリー・スコットもそんな意識に囚われていないか。この作品は、他の監督でも撮れると思う。

 映画監督のキャリアの末期の迎え方で私の理想は、クリント・イーストウッドだ。
 黒澤や小津に「ブレードランナー」を撮ってくれと言っても撮れない。リドリー・スコットにしか撮れない作品がある。私が観たいのはそんな作品だ。
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