晴れない空の降らない雨

アタラント号の晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

アタラント号(1934年製作の映画)
4.6
 隙だらけに見えて全く隙がない、そんな映画だと思った。セーヌ川、並木通りを前景に、後景に煙たちのぼる煙突を映したショットで、似たような構図の絵がモネにあったことを思い出した。モネに限らず、印象派はセーヌ川を題材に選ぶことが多かった。スタジオ撮影が主流の当時にあって、セーヌ川を舞台にロケーション撮影をあえて選んだ本作が、印象派の風景画を参照するのは当然とかもしれない。その後、アタラント号はル・アーブルに到着するわけだが、そこで船長が大した意味もなく浜辺に降りて海を眺めるシーンがあり、これは明らかに《印象、日の出》を意識して挿れたものだろう。
 
 とはいえそうした表面的なオマージュだけでなく、この映画には、精神的に印象派へ通ずるものがあると感じた。つまり、私に知覚されたその時だけの光景(つまりは印象)を重んじる態度だ。それは、船のように、また本作のヒロインのように、留まることを知らず移ろいゆく。そして本作がしばしば観客を笑わすような、意味のない軽いジョークを愛する。あるいは一瞬脈絡を飛ばすカッティングや、気の利いた見事な構図など、そのときパッと思いついたような気まぐれさを感じさせる。労働者階級の主人公たちによる船上生活の何てことない1コマをおさめる姿勢には、ドキュメンタリーかホームビデオめいた趣もある。
 
 「都会的」「モダン」などと単純に言い換えてもよい。結局のところ、この拘らない精神は、いよいよ姿を露わにした消費社会のそれであり、流行を追いかける消費生活のことであり、同時代のほかの映画と同様に本作においても「パリ」という言葉が喚起する全てのことだろう。束の間のハッピーエンドに誤魔化された結婚生活の危機は、この新時代の精神によって恒常化されているのである。(もっともベッドで煩悶する2人や水中のシーンなどはロマンチシズムでずぶ濡れだ。)

※ただ、監督自身は印象派を貶しているらしい。