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勝手にしやがれのwigglingのレビュー・感想・評価

勝手にしやがれ(1960年製作の映画)
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寺尾次郎さんによる2016年新訳にて。何度目の鑑賞かはよくわかりません。

映画作りに革命を起こした作品として有名ですけど、もしリアルタイムで観てたら作り手でなくても相当な衝撃だったでしょうね。
なにせ、映画の約束事をすべて無視した作品なわけだから。その革新性は映画におけるパンクロック的なものと言えば伝わるかな?

大量の引用、即興演技、ゲリラ撮影、手持ち移動カメラ、ジャンプカット、テンポ感重視の編集、等々。
今でこそ普通の手法だけど、それまで誰もやらなかったことが一本の作品に全部ぶち込まれてたわけだから。この前代未聞っぷりは映画の歴史の中でも最初で最後かもしれない。

不幸にして、若い映画ファンはこの革命があまねく行き渡ってから映画を観はじめてるわけで、本作の凄さがわからなくて当然。初老の自分ですら同時代の衝撃は味わってませんから。
そんなわけで、今ではオシャレ映画として認識されてますが、少し歴史を学べば俄然面白くなるので是非。

ちょっとだけ解説すると、冒頭の「B級映画会社 モノグラム・ピクチャーズに捧ぐ」のテロップがこの映画は何なのかを表してします。アメリカのB級アクション映画へのオマージュなんですね。
主人公ミシェルはアメリカ狂で、特にハリウッドのアクション映画に夢中な男。映画の主人公のように生きたいと思ってて、アメリカ車を盗みアメリカ娘と逃避行しようとする。いかにも映画的な筋書きですよ。
でもアメリカ娘パトリシアはミシェルの思い通りにならないうえに、あろうことか裏切ってしまう。アメリカに人生を狂わされた馬鹿な男の惨めな末路の物語なんです。

ハンフリー・ボガートの唇を触る癖を真似してるのをはじめ、アルドリッチの『地獄へ秒読み!』やボギーの『殴られる男』の映画ポスターを出したりして、映画と現実の区別がつかなくなってる様が可笑し悲しいですよね。
死ぬ間際にいろんな顔をするのは演技をしていることを表してて、「俺は映画の世界に生き映画スターのように死ぬんだ」ということ。そして自分の手で目を閉じて息絶えるという映画的最期を演出する。

なんという映画馬鹿っぷり。映画ファンならこんなミシェルを身近な存在と思えるはず。ミシェルは俺だ!ってなもんですよ。

アメリカ映画にオマージュを捧げたこのフランス映画がきっかけで、70年代のアメリカン・ニューシネマというムーブメントが起きる訳ですが、この何が根っこなのかがよくわからないのが面白いですよね。グルグル回ってる。

映画ってほんと面白いわー。映画好きで良かったと思える作品です。
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