カツマ

ブラッドシンプル ザ・スリラーのカツマのレビュー・感想・評価

3.8
狂気は伝染し、また新たなる狂気を産み落とす。それは数珠繋ぎのように綿密に連なりながら、シンプルに、だが確実に堕ちていくのみ。一人の人間の殺意がやがて大きなうねりへと成長し、死ななくてもいい人間が次々と死んでいく。場末の日常が転げ落ちるように修羅と化す、コーエン兄弟がその才気を初めて世に示してみせた衝撃のデビュー作だ。

『ノーカントリー』ではアカデミー賞作品賞も受賞し、巨匠の名をほしいままにしているコーエン兄弟の初長編作品がこの『ブラッド・シンプル』。デビュー作にしてすでに兄弟の個性が確立されており、インディペンデントなフィルムノワール的世界観と不条理な運命のすごろく、そして突如として炸裂する狂気、それらは全て近年の代表作品まで綿々と受け継がれている要素たちだ。この作品をビルドアップすると、『ファーゴ』そして『ノーカントリー』へと辿り着くはず。クライムサスペンスの名手、コーエン兄弟のポテンシャルが迸る、その剥き出しの一手に刮目しよう。

〜あらすじ〜

そこはテキサス州のとある街。酒場の経営者ジュリアン・マーティは、妻アビーと従業員のレイの不倫を疑い、私立探偵のフィッセルに浮気調査を依頼していた。
その調査の結果、フィッセルはアビーとレイのベッドイン写真まで提供し、不倫はもはや確定的。怒り狂ったマーティはアビーとレイのもとを急襲し、アビーを羽交い締めにするも、逆に妻の強烈な蹴りを食らい退散した。
二人をどうしても許せないマーティは、ついにフィッセルに二人の殺害を依頼する。高額の報酬を条件にフィッセルはこの依頼を受けるが、彼は二人を殺さずに依頼を完遂するよう写真を偽装してみせた。その写真を見て、すっかり二人の死を信じ切ったマーティだが、フィッセルには別の狙いがあり・・。

〜見どころと感想〜

昨年には二度目のアカデミー賞主演女優賞にも輝き、名優として確固たる地位を確立しているフランシス・マクドーマンドがこの作品で映画デビュー!ビジュアル的にはまだうら若き乙女の雰囲気もあるが、亭主に強烈な前蹴りを炸裂させたりと、彼女の力強さはすでに鉄壁。ラストでのバトルでも、喚き声も上げずに男に立ち向かっていく姿もさすがはフランシス、やはり若き頃から彼女は強く、そして美しかった。

今回鑑賞したのは正確には1999年に再公開されたディレクターズカット版で、再編集によってオリジナルよりも短くなっている、という珍しい完全版。音楽面でもすでにコーエン兄弟らしい選曲が大仰に画面上を彩っており、程よいB級感を上手い具合に演出している。
そして、やはりと言うべきか、脚本家コーエン兄弟の実力が遺憾なく発揮される伏線の数々と鮮やかな回収劇は、終盤に突入するにつれてキレが増し、滑らかに物語を終着点へと導いていく。短い時間に伏線がギッシリ詰め込まれているので、ちょっとしたシーンも見逃し厳禁。細かいところまで練られていながら、シンプルさを感じさせるところにこそ凄さを感じた作品でしたね。

〜あとがき〜

前々から観たいと思っていたコーエン兄弟のデビュー作をようやく鑑賞。デビュー作とは思えないほど良くできていて面白いです。『ファーゴ』をかなりシンプルにした感じというべきか、コーエン兄弟らしい不条理系のクライムサスペンスが好きならオススメ出来そうです。

劇中でフランシス以上に相当なインパクトを残すのが私立探偵役のM・エメット・ウォルシュ。あの喋り方はもはやコメディの域ですね。コーエン兄弟のダークコメディ要素が彼のキャラクターから滲み出ているようにも感じました。
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