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マーラーのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

マーラー(1974年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

1911年、ウィーンに向かう列車の中、妻のアルマとコンパートメントに座るマーラーの脳裏にさまざまな記憶が蘇っていく…。

1974年の作品でありながら、日本公開は1987年。
公開当時、流行しつつあったミニシアターで、本作の死とエロスのイメージに溢れた予告編だけを見て、「何だ?コレは?」と衝撃を受け「見たい!」と思ったが、私の住む地方都市では数週間の公開、しかもレイトショーだったため、当時まだ少年の私は見ることが叶わなかった。
その後、あまりにマイナーな作品のためか、レンタル店で見かけることもなく、あれから30年以上経ち、ようやく見ることができた。
感受性の高い10代のあの時、見ていたなら「影響されたかも…」などと思いながら鑑賞。

マーラー本人の半生を語ろうとしていながら、実は監督の妄想を最優先させた壮大なイメージビデオのような伝記映画の佳作である。

鬼才ケン・ラッセル監督による作曲家マーラーの伝記映画であるが、詳細は史実と合っていないのは一目瞭然。
マーラーという作曲家と彼が作った曲のイメージを膨らませた映画という見方が正しい。
「アーティストの真意は作品の中にある。それをどう読み取ろうと勝手だろ!」と言う監督の声が聞こえて来そうだ。
ケン・ラッセル監督の演出が極めて個性的で奔放。
80年代に生まれたMTV以降のミュージック・ビデオに多大な影響を与えたことは間違いない。

冒頭、列車の車中でマーラーが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」の一場面のような美少年にときめく中年の男を眼にする。
マーラーの曲を使用した、かの作品のヒットでこの作品が作れたというお礼のようであり、ギャグである。
その「ベニスに死す」の主人公のように病を患うマーラーが車中で見る夢という形で、過去の回想が紡がれて行く。

酒造業者の息子に生まれ、大家族の中で頭が良いからと将来を期待されて育ったマーラー。
若い妻との甘い想い出、師であるワーグナー夫人の強烈な個性、ユダヤ人の彼が被った差別や中傷……。
そして彼の見る夢は次第に悪夢に変わって行き、ナチの台頭を予感するような激しいものになっていく。

残念ながら、ロケ地や歴史的建造物の美しさ以外は、史実部分のドラマのパートの演出は、笑いはあるものの、さほど面白くはない。
しかし、マーラーの見る悪夢のパートになると、奇抜な映像が強烈なインパクトを残す。

特に、マーラーが入れられて絶叫する棺桶の上で妻が歓喜のダンスを踊り、若いナチス士官の前で肌を晒して浮気する姿を見せつけられる中、マーラーが生きたまま火葬される悪夢は強烈。

また、ボンテージファッションに衣装に身を包んだコジマ・ワーグナーに取り入るため、試練に見立てた火の輪を潜ってユダヤ教から改宗し、名声を得るために従うことを誓うシーンはアングラ劇のような皮肉で滑稽な笑いを提供する。
「地獄の黙示録」以前に勇壮な「ワルキューレの騎行」を映画で、しかもギャグに使うとは。

1974年の映画なのに、その映像感覚は全く古臭さを感じない。
流行りに媚びず、己の感性の赴くまま暴走したケン・ラッセルのイメージは、アレハンドロ・ホドロフスキー監督作品のように時代を超越している。

しかし、あくまでも壮大な交響曲の一部を切り取っているため、熱心なグスタフ・マーラーのファンが見たら「何これ?」と思うだろう。
そして、あまりにも史実とかけ離れているのが難点である。

だが、ハリウッド製のアーティストを主人公とした映画によくあるが、悲劇的なエピソードで涙を誘うような作品でないことだけは評価していい。
マーラーの曲から受けた脳内刺激を、映像作家が作品化するとこのようになるという視点を提供したことは後進に勇気を与えたはず。

加えて何がマーラーを悩ませたのか?についての視点も分かりやすく描写されている。
主人公の神経質さを私的には何をそんなに恐がっているのか?とかなり苛立ちを覚えるのだが、終盤、家庭を顧みないことを妻に責められるマーラーは「作品は残る」と語る。
人生は短いが、魂を込めた傑作は永遠に残る。
「良いものを後世に残したい」という偏執狂的なこだわりこそ、アーティストの本質のはずだと本作は語るのだ。

そこには俗世間から離れ、音楽という悪魔に魂を売るに近い恐怖があるだろう。
故郷を持たぬ流浪のユダヤ人であるマーラーにとって「アウトサイダー(部外者)」としての意識は生涯消えなかったとされるが、マーラーが妻と過ごす別荘付近の自然描写が美しいだけに、自分の居場所が見つからない恐ろしさや、作曲をしなければ自分には存在意義などないという恐怖感が伝わってくる。

クラッシックの大作曲家の話ではあるのだが、根底にあるのは芸術家の産みの苦しみと名声への欲望。
鑑賞後は、なぜか夭折したロックンローラーの伝記を見たような印象を受ける作品である。
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