東京キネマ

東京裁判の東京キネマのレビュー・感想・評価

東京裁判(1983年製作の映画)
3.0
殆ど記憶がないほど昔に見た映画なのですが、一部映像シーンの記憶があるばかりで全く映画の印象が無く、少しは大東亜戦争の意味が解りかけてきた所なので、見方が変わるかなあの再見なのですが、冷静に見るとこれは全くの駄作、製作者の歴史感イデオロギーの押しつけ、真っ赤っかでした。

歴史上の政治家、軍人のリアルな映像が見れるという価値はありますが、まあこんな映画は見なくても良いでしょう。277分という人が絶えられる鑑賞時間を遥かに超える冗長さに加え、戦犯被告の生の証言も殆どなく、マッカーサーの考える「日本文化抹殺、日本弱体化政策」の指針に則った歴史のおさらいでまとめてます。

特に酷いのが、南京事件の扱いです。支那人による虐殺・強姦を日本人がやったと虚言を吐くジョン・ギレスピー・マギー神父の嘘泣き、それに続いてプロパガンダ映画『中国の怒吼』をさも実写のように挿入して“日本人が背負わなければならない十字架である”のナレーションの後、広島長崎の原爆フィルムが続きます。つまり、日本は酷いことをしたんだから原爆落とされても仕方なかったという文脈。この監督は頭がおかしいのか、知識がないのか、スパイなのか知りませんが、ばかやろうです。

とにもかくにも、卑怯で姑息で執念深いマッカーサーを持ち上げているのが気持ち悪いです。フィリピンのコレヒドール島を日本軍に攻められると、6万7千人の部下を見捨てて“アイ・シャル・リターン”なんぞと捨て台詞にもならないみっともない言い訳をしながらヒーヒー言って逃げ出し、たまたま日本に勝つと、負け戦の敵将 本間靖晴中将とマレーの虎 山下奉文将軍をそそくさと復讐殺人。それも、バターン半島総攻撃を命令した同月同日同時刻ドンピシャに本間中将を銃殺という念の入れようです。東京裁判にしても、昭和21年昭和天皇誕生日に戦犯起訴、A級戦犯の処刑は今上天皇誕生日である2月23日という、これまた見事なクズさかげん。中々こんな姑息な将軍は見たことありません。天皇の戦争責任を止めたのも、ただ復讐を恐れただけの話であって、日本のことを考えた訳ではないってのが解らないのかしらねえ。厚木飛行場に降り立った風体みたって、ビビリまくって虚勢を張っているだけってのが解りそうなもんですが・・・。

フィルム全般を通して言えることは、起訴された日本人の態度の清々しいこと。ニュルンベルク裁判と違い、泣き出す将軍はいないし、アルベルト・シュペアーみたいに部下に責任を押しつけるようなやつもいない。それにルドルフ・ヘスのような狂人の振りをするやつもいない(あっ、これは一人居たか・・・笑)。
誰も死ぬのを怖がっていませんし、武士の気迫を感じます。日本は国際法を一番遵守してきたし、お前らに戦争責任を言われる筋合いはない、という態度がはっきりしています。

当時の東京裁判は報道管制が敷かれていて、一般の日本人はGHQ検閲の中でしか裁判の経過を知らなかったことといい、日本人戦犯の証言が少ないフィルムといい、連合軍の嘘八百が如何にバレないようにしたかったかの歴史がバレバレで、むしろ日本にとっての反証になっている証拠でもある訳ですが、未だにこいつらに負けたままで良いのかのという問題提議という解釈も出来るとは思います。そういった意味では価値があるドキュメンタリーかも知れませんが、赤と進駐軍の虚言に耐性が出来てないとちょっとしんどいかも知れません。今後、どなたかに正しい文脈でリメイクして欲しい素材であります。