東京キネマ

ちいさな独裁者の東京キネマのレビュー・感想・評価

ちいさな独裁者(2017年製作の映画)
4.5
スリラー映画にしかならないような題材を、冷静に、美しく(モノクロ映像が素晴らしい!)、たんたんと描いている演出に唸りました。はっきり言えば、この映画に登場する実在の主人公、ヴィリー・ヘロルト(事件当時はなんと19歳!)は人格破綻者に過ぎず、これもまた狂気ナチズムの犠牲者だと、ヨーロッパ戦乱の贖罪をオーストリア人ヒトラー一人にすべておっ被せ、それでもって「ハイ、終わり!」とした戦後ドイツ総括の言い訳なんだろうと勝手に思っていたのですが、映画の文脈はズッコケるくらい非政治的でした。

あまり扇情的にならず、残酷にならず、かなり抑え目の演出をしてますので、こんな状況ならこんな男が出てきても不思議じゃないよ、と見えなくもなく(1945年4月と言えば、ベルリンが陥落し、ヒトラーが自死したタイミングですから)、120名以上を処刑したサイコにしてにはあまりにもあっさりした描写なので、食い足りないという部分もなくはないのですが、映画は事実をリアルに描けば良いってことでもありませんので、これはこれで宜しいんじゃないかと思います。

それにしても、やはりドイツ軍の制服は格好良い。事件を引き起こした本当の原因は、あの制服の美しさもあるんではないか、という見立てがあっても良かったのではないかと思います。一介の仕立て屋職人に過ぎないヒューゴ・ボスを抜擢し、ナチスの軍服をデザインさせたヒトラーはやはりタダモンではありません。「美は破壊にあり」のダダイズム後の時代にあって、アルベルト・シュペアの建築やデザイン、カラヤンのワーグナー公演、レニ・リーフェンシュタールの映画、フェルディナント・ポルシェの車などなど、新古典主義美学を可視化し得たのは民族主義と美学を融合させたヒトラーの存在があったからこそでしょうし、もし若き自分がそこに居たら、ナチズムの美学的熱狂の渦の中に自ら飛び込んでしまったかも知れない、と思うとゾッとするものがあります。

真善美の融合が美学の究極的目的だとしたら、その偽善を根底から吹き飛ばしたのは他でもないナチス・ドイツでしょうし、かつて画家を志したヒトラーの目的は、ダダイズム的な結末でしたけれど、ある意味達成されたと言うことかも知れません。。。
東京キネマ

東京キネマ