神戸典

クラッシュの神戸典のレビュー・感想・評価

クラッシュ(2004年製作の映画)
4.3
黒人を差別の目で見る白人と認めているように見えて心の奥では見下している者。
そんな白人に対して媚び諂い従い静かに生きようとする黒人や自尊心を守る為に抗う者
黒人に対する高圧的な態度をとる白人に疑問を感じる白人

同じ人間でもこの時代を生きている登場人物たちはお互いの存在を自分の人生に干渉させていないように見える。
それはあるいは恐怖、あるいは自分の地位を守るため、世間体そんな目に見えないくだらない枠組みの中で目の前にある幸せを取りこぼして生きている。

ある黒人夫婦とベテラン警官と若手警官の交差が徐々に白人と黒人の間の接し方、受け入れ方が大きく変わっていく。

しかし、ある夜若手警官がヒッチハイクをしていた一人の黒人をのせてあげた。そして二人はフレンドリーに話し合う、突然黒人の男が笑い出した。白人は自分のことを笑ってると思った。黒人は違うと言ってポケットから物を出そうとした。白人は咄嗟に銃だと思い、黒人を射殺した。その行動に一切の迷いはなかった。黒人が握りしめていたのは警官が常に持っていたものと同じお守りの人形だった。
このシーンが衝撃的だ。
これまで、黒人に偏見を持たず同じ国民として受け入れていた若い警官でも、心の奥深くには黒人に対する恐怖や偏見が無意識のうちに植えつけられていたことを伝えている。

黒人と白人どちらも善人を描くのではなく、お互いに見えない心の奥深くで偏見が生まれている。そして、それを祓い去ることは簡単なことではない。
それでもお互いの優しさに触れた時、そこに友情や愛情が生まれる。
一人一人に愛する家族がいて、誰一人として周りの人間を傷つけることは許されることではない。
差別主義の警官だが職務は全うし黒人を助けるベテラン警官と差別は良くないという教育を受け、ぶつかりあおうとせず職務を全うしない若い警官。
だからこそ若い警官は表面上のみの正義が露呈し、黒人を射殺してしまう。
ぶつかり合い、話し合うことでわかることがあるという事を伝えている。

この作品は何組もの登場人物とその周りの人々を色濃く移すことで一人一人の家族や人生がしっかりと描かれている。
その基盤の中で、黒人と白人の根強く残る偏見と恐怖に対してどう接していかなければならないかを綺麗事ではなくとても難しいことであると伝えている。
そして、その先にあるお互いを認め合う行為がどれほど暖かくて美しいものであるかを、音楽と人と人の触れ合う映像美で表現している。

終盤の夜の暗闇の中を白い雪が舞い落ちるシーン。黒人の夫の肩に降りた雪が溶ける姿はまるで黒人と白人が溶け合うように感じる。
さらにそこに燃える炎が映り、荒々しさと共に暖かさその全てが美しく混ざり合ったような光景を生んでいる。

最後になるにつれ、一人一人の中で簡単には変えられない問題に対して少しの思いやりを持ち始める。
そして自分を抑え相手の気持ちに寄り添った行動を取った時、少しだけ自分の気分が良くなる。

『ラブ・アクチュアリー』のように登場人物が多く、少し理解するのに苦労するが、その分一人一人の人生が丁寧に描かれている。
さらに人種差別という難しい問題を、否定→承認→疑惑→後悔といったように複雑な感情を表現し、見事に素晴らしい作品となっている。
神戸典

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