ばーとん

サクリファイスのばーとんのレビュー・感想・評価

サクリファイス(1986年製作の映画)
3.5
例えば正義が悪を倒すためには死の危険に身を晒さねばならないし、人間が成長するためには心地良いモラトリアムを脱するための苦渋に満ちた選択を迫られるもので、映画というモノガタリにおいて幸福や平和を得るためになにがしかのリスクを負わなければならないというのは普遍的な真理であって、ましてやたった一人で世界を救うとなれば相当の代償を支払わされるだろうことはキリスト教の思想にはイマイチ深刻になれない日本人の自分でも映画というものの性質上そりゃそういうものだろうと納得するんだけど、寧ろこの映画の主人公がそもそも無神論者だったという定説が疑問で、つまりニーチェの永劫回帰を信じると言う郵便配達員は超人思想を持つ無神論者なんだろうしオカルト好きというキャラクターでもそれと分かるけど(タルコフスキーはカトリックなのでオカルトを否定する立場の筈)永劫回帰を信じない主人公の方がむしろ神を否定しない立場ではないのかと一見して思ったし、事実息子を怪我させてしまった時も彼は神に祈っているが、実際のところ良く分からない。
神の在不在がより不確定となった現代で配達員のような人間は典型的な俗物で、主人公は狂人ゆえにより精神的な世界の住人であって物質文明を激しく憎悪している。
精神世界の象徴として日本文化が引き合いに出されてるのは我々としては背筋のむず痒いところ。

「魔女の力を借りて終末戦争から世界を救う夢をみたリハビリ中の狂人が更なる強迫観念とアホな使命感に掻き立てられ物質文化を滅ぼそうと自宅に火をつけ一生を台無しにする
 タルコフスキー版ドン・キホーテ」

モノガタリ上の事象だけを追うとこれだけの映画で、これくらい卑近な物語として観た方が気楽に楽しめるし丁度良く臓腑に落ちる気もする。
(日本人がキリスト的な命題を云々してもドツボにハマるだけので)
ズラウスキーばりの饒舌が文明批評に偏重していて少々説教臭いがそれもまたひとつの円熟の型か。
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